ドイツサッカーのガラスの天才と言えば、セバスティアン・ダイスラー

私がダイスラーのプレーを見るようになったのは2003年以降であり、この頃は代表でもFCバイエルンでも既にバラックが中央で司令塔として絶対的な地位を築いていた。全盛期が過ぎたダイスラーは専ら右サイドの攻撃的な位置に起用され、主に精度の高いキックでチームに貢献した。デビッド・ベッカムにスピードが加わり、より攻撃的にしたようなタイプだったという記憶がある。本人は中央でのプレーを好んでいた模様で調子の良い時は中に入って行く事もあったが、私にはあくまでサイドの選手という印象がある。

しかし、2006年のW杯前にはダイスラーはかなり復調してきており、クラブでも移籍が濃厚とされたバラックの後釜になる司令塔と目されていただけに27歳での引退は非常に惜しまれると言える。年齢的にも2008年のユーロ、2010年のW杯に攻撃の核として出場する事は十分可能だった。

ダイスラーにとって不運だったのは、その怪我の多さ、タイミングの悪さも勿論だが、なんと言っても活躍した時代が悪すぎた事だろう。当時ドイツにはGKを除けば国際的なレベルにある選手が誰一人として居らず、ダイスラーは若くしてドイツサッカーの救世主として祭り上げられ、余りにも過大な期待をかけられ過ぎた。まだ何も成し遂げていない20歳にとって重荷になったのは間違いない。

更に、インタビューを読む限りダイスラーは非常に純粋で朴訥な若者で、巨大なショービジネスでもあるサッカー界に馴染めなかった。サッカー界のスターとして振る舞うことにダイスラーは完全に困惑し、苦悩を抱えた事がわかる。また、ダイスラーは15歳という人間的な基礎が出来ていないうちに親元を離れてプロになった事が早過ぎたとしている。何れにせよサッカー界で生き残るにはあまりにも純粋で、繊細な人間だったのであろう。

一方でダイスラー程のサッカーの才能が無くとも、図太い神経を持ち、より地に足をつけて着実にキャリアアップしたバラックは大成した。国やスポーツの種類を問わず、才能のある若手選手を育てる上でこれらの例から学ぶべき事は多いだろう。

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