ヨアヒム・レーヴによってドイツ代表を干されてしまった実力者たち

最後に紹介したいのは00年代にVFBシュトゥットガルト、シャルケ04で活躍したFWケヴィン・クラニィだ。ハンガリー系ドイツ人とパナマ人のハーフであるクラニィは、1982年にブラジルのリオデジャネイロで生まれ、1997年までラテンアメリカで過ごしたとされる。その典型的なドイツ人とは一風変わった生い立ちと同様、そのプレーも長身ながら柔らかいボールタッチを活かしたもので、00年代前半低迷期のドイツ代表の期待の若手として頭角を現し、EURO2004では10番を纏いドイツのエースとして出場した。

クラニィは2006年の自国W杯こそ不調のために招集を見送られたが、2007年の初めに再びレーヴから代表に招集され、EURO2008予選アウェーのチェコ戦では勝利を決定づける2得点を決めた。当時全盛期だったクローゼが累積警告で欠場で苦戦が予想された中、クラニィは見事に国民の期待に応える復活劇で再びドイツ代表に定着した。そして、マリオ・ゴメスの台頭で控えの立場ながらもEURO2008の本戦のメンバーにも選出された。

しかし、クラニィはチームを裏切る取り返しのつかない失敗を犯してしまう。2008年の10月W杯予選、ドルトムントで行われたロシア戦においてクラニィはベンチ入りメンバーから外れ、レーヴからスタンドでの観戦を言い渡された。そして、クラニィはこの試合の途中独断でスタンドを立ち去り、チームから離れるという愚行に及んでしまう。チームスタッフはクラニィが去った後、何度も電話でコンタクトを試みたが繋がらず、レーヴはクラニィを今後代表に呼ぶことは無いと公に発表した。

クラニィはドイツの低迷期にその素質を期待された一方で、非常に精神的にナイーブでナルシスト的な面が指摘されており、事実好不調の波の激しい選手だった。この事件のあった試合でもクラニィはレーヴの決定に大きな不満を示したことが分かっている。2017年のインタビューによるとクラニィは観衆の一部から散々暴言を浴びせられた上にビール瓶を投げつけられたとし、その場が耐えられなくなって家に帰ったと述べた。当時クラニィはシャルケに所属しており、この試合の会場となったドルトムントは知っての通り犬猿の仲なので、ありそうな話ではある。

しかし、そのような理由であれば、少なくともチームスタッフに伝えるなり、電話に出るなりで説明できた筈だ。それをせずに誰にも許可を取らずスタンドを立ち去り音信不通になるという事は、やはり当時は落胆や反抗の気持ちもあったと考えるのが自然だろう。クラニィは既にこの件でレーヴには謝罪しており、現在でもレーヴとのコンタクトに問題はないそうだ。しかし、レーヴの決定は覆らず、クラニィがその後代表に呼ばれることはなかった。因みにクラニィはこの後ロシアのディナモ・モスクワに移籍して活躍し、今回のロシアW杯では解説としてテレビに出演することが決定している。

この他にもレーヴ政権以前であればクリスティアン・ヴェアンスシュテファン・エッフェンベルクなどの大物がその素行の悪さで代表から追放の憂き目にあった。よくも悪くも自己主張の激しい国民なので、こういった事件はおそらく日本よりも遥かに多いだろう。しかし、これらの例をみて分かる通り、こういった問題は原則として組織内の序列に則って処理される。つまり、理由が何であれ監督に度が過ぎた反抗をした場合、それでツケを払うのは多くの場合選手の方だ。

但し、ここで挙げたレーヴに干された選手たちは、代表チームにとってそこまで重要なポジションを得ていない選手たちだ。レーヴにしても簡単に切れる選手であったことは間違いない。しかし、ここに挙げた以外に一人だけレーヴと熾烈な権力闘争を繰り広げた別格の選手が存在する。それは言うまでもなくミヒャエル・バラックだ。このバラックとレーヴの関係はまた機会があれば取り上げてみたいと思う。

にほんブログ村 サッカーブログ ブンデスリーガへ