ホルスト・ゼーホーファー、遂にCSU党首の辞任に追い込まれる

CDUの党首であるアンゲラ・メルケルが12月にその座を後任に明け渡す旨を発表したことは既に知られているが、先の月曜日、その姉妹政党であるCSUの党首ホルスト・ゼーホーファーも1月で党首を退くことを発表した。内務相には引き続き留まるとしている。

ゼーホーファーは既に2008年からCSUの党首であり、それ以前には既に連邦政府で健康相も務めた。2013年には州議会選挙でCSUを再び単独過半数へ導き、党内で圧倒的支持を集め党首へ再選されている。昨年までバイエルン州の首相も務めたドイツ政界屈指の実力者だった。

そして、このゼーホーファーとメルケルの難民政策における対立が、昨今CDU/CSUが多くの国民の支持を失った大きな要因の一つであった。この2人はつまり同胞でありながら、お互いに足を引っ張りあう存在となり、最終的には両者が退く羽目になったと言える。

このゼーホーファーを近年世間に有名にしたのは、2015年の難民問題において、難民の受け入れ数を最大20万人にまで制限するべきだと主張したことだ。メルケルはこの年の9月4日、ハンガリーに大挙して押し寄せた難民を前にして、これを受け入れるか否かを急遽決断する必要に迫られた。

この時メルケルは当然、難民の玄関口となるバイエルン州の首相であったゼーホーファーに事前に電話をしたそうだ。しかし、この時バカンスに出かけていたゼーホーファーは電話に出なかったらしく、その結果メルケルはゼーホーファーの同意なしに難民の受け入れを決定した。

これがどこまで真実か知らないが、十分にありそうな話ではある。この時ゼーホーファーがもし電話にでていれば、おそらく難民受け入れに同意せざるを得なかっただろう。下手をすれば紛争が今にも起こりそうな状況で、それ以外に選択肢はないからだ。

そして、ここで難民受け入れの責任を免れたゼーホーファーは当然の如くその後メルケルの難民受け入れに反対し、難民受け入れ数を最大20万人に抑えるべきだと主張した。難民に必要とあらば発砲するとまで言うAfDにはなりたくないけど、メルケルの難民政策には断固反対という姿勢は当初圧倒的な支持を国民から集めた。

しかし、このゼーホーファーの主張をメルケルは断固として受け入れなかった。確かに、受入数を20万人に制限するというのは一見すると理性的な妥協点のようにも見えるが、結局早いもの勝ちではあるまいし、難民を選別する新たな基準や法律が必要になるので、余計に難しい状況になる可能性がある。そもそもEUで難民の受け入れに関してそのような制限は認められないと言うのが一般的な認識である。例えばオーストリアがそれを無視して導入したからと言って、ドイツが右に倣えで出来るわけではない。

それでも、ゼーホーファーは頑なにこの難民の受け入れ数制限に拘った。その強硬な主張は難民問題が鎮静化した後でも続き、反メルケルの姿勢とともにゼーホーファーのトレードマークと呼べる程にもなった。今年の6月には改めてこの難民政策においてメルケルに反対する意思を示し、これはもはやメルケルと刺し違える覚悟である事さえ窺わせた。これはもちろん、メルケルの難民政策でAfDに奪われた支持を取り戻すための戦略的な部分もあった筈だ。

しかし、最終的にゼーホーファーはこの難民問題に拘り過ぎた結果、逆に著しく国民、そして党内の支持を失う結果となった。もはや難民問題はドイツの政治テーマのナンバーワンではなくなっていた。にもかかわらず、ゼーホーファーの発言は政治家として著しく品格を欠くようになり、もはやAfDと変わらないポピュリスト的なものに落ちぶれた。そして、この時点で既にゼーホーファーの退陣を求める声は世間で圧倒的多数となり、バイエルン州議会選挙の惨敗を待つまでもなく、その退陣は時間の問題と見られていた。

そして更にゼーホーファーの政治家として苦しい状況を象徴するのが、CSU党首のポストだけでなく、連邦議会の内務相のポストも退くべきだと国民の大多数が考えていることだ。ARDによる最新の調査によると、ゼーホーファーの仕事に満足している国民はたったの20%であり、これはゼーホーファーに対する評価としては調査が始まって以来最低になった。実力のある大物政治家でありながら、単なる頑固な反メルケル、反難民のポピュリズムに飲み込まれて失敗した一人として記憶に残る事になるだろう。

一方のメルケルはCDUの党首からの退任を表明したことにより、ここ最近その評価を上げている。失敗もあったが、その政治家としての安定感と堅実さ、時に見せた断固とした方針、そして適切な時期で後進に道を譲る姿勢を示したことで、早くもその功績が再評価されている感がある。ひとまず国民の過半数が残りの3年、引き続きメルケルが首相の仕事を全うすることを希望している。メルケルとゼーホーファー、両者とも難民問題が政治生命の転機となったが、若干でも正しい引き際を選択することに成功したのは、現状を見る限りメルケルだろう。

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