新型コロナの影響であまり言及されていないが、2021年はドイツの行く末を決める極めて重要な年になる。何と言っても、2005年の11月からドイツの首相を務めていたアンゲラ・メルケルが退くことが決定しており、ドイツは新たなリーダーを迎える事になる。
それが一体誰になるのかは、まず1月15日に行われるドイツ最大の国民政党CDUの党大会でかなり絞られる。ここで決定されるのはこのCDUの新たな党首である。この座は現在はまだミニ・メルケルと呼ばれたアンネグレート・クランプカレンバウアーだが、知っての通り党内で求心力を失い既に辞任を表明した。
新たな党首の座に立候補したのは前ブラックロック監査役フリードリヒ・メルツ、現ノルトライン・ヴェストファーレン州首相アルミン・ラシェット、政府の外交監査委員長であるノーベルト・レットゲンである。順当に行けば、この新たに選ばれるCDUの党首および、姉妹政党であるCSUの党首マルクス・ゼーダーがドイツの次期首相に最も近いと言える。
そして、まずはこのCDU党首選で誰が勝利するかと言う話であるが、メルツかラシェットのどちらかになると言われている。ただし、両者とも決定打に欠けており、読むのは極めて難しい。
まずメルツであるが、一言で言えばCDUの中でも保守派で経済のエキスパートとなる。そのカリスマ性で若い層を中心に圧倒的な支持者を集める一方で、アンチも多い。良くも悪くも、これまでのメルケル路線とは全く異なるタイプとなり、期待も大きい一方で、危うさも感じさせる。
尚、このメルツに関してはアメリカで「ドイツ版トランプ」などと一部で紹介されたらしいが、私から言わせればこれは全く馬鹿げている。メルツは頭が良すぎてちょっと羽目を外したタイプかもしれないが、トランプのようなポピュリストでは無い。日本でそのような出鱈目な言説が広まらない事を祈っている。
一方のラシェットはメルケルに近い中道、あるいは寧ろリベラルなタイプである。保守派の有力者、健康相のイェンス・シュパーンとタッグを組み出馬した事で、党内で幅広い支持を集める可能性があり、一時は最有力に見えた。
しかし、ラシェットはノルトライン・ヴェストファーレン州の新型コロナ対策で評価を落としてしまった。ゼーダー、メルケルなどが、強硬かつ断固とした措置を主張した一方で、ラシェットは経済重視の緩めの対応を主張して墓穴を掘った。これまでの実績から無難な選択肢には変わりないが、ラシェットを選ぶとすれば、寧ろ消去法の結果となる。
そして大穴とされるレットゲンは外交のエキスパートであり、昨今の最も重要なテーマである環境問題にも強い。もっとも、レットゲンは若くして期待された政治家であった一方、2012年に選挙の敗北から首相のメルケルから環境相を解任されるという大きな挫折を味わった。今回はいわば復活をかけた出馬でもあるが、党内で確固とした支持基盤を得ておらず、かなり厳しい戦いになると見られている。
そこでレットゲンが採った戦略は、自らはCDUの党首となった際、ドイツの首相候補には自分ではなく、CSUのマルクス・ゼーダーを推薦する事だ。つまり、これによりゼーダーを首相にしたい層の支持を取り付ける可能性がある。その言葉を額面通りに受け止めれば、仮にレットゲンが予想外の勝利を飾っても、そのままドイツの首相になる事はない。
いずれにしても、まずはこのCDUの新たな党首が決定したのちに、CDUとCSUの両党は公式に誰を首相候補として擁立するかを決定する訳だが、ここでCSU党首でありバイエルン州首相であるマルクス・ゼーダーの名前を避けては通れない。CSUはバイエルン州のみの政党なので、本来ならその他のドイツ全土をカバーするCDUの党首が格上に見える。
しかし、ゼーダーは既にバイエルン州の首相として卓越した手腕を発揮しているだけでなく、今回のコロナ禍でも素早い決断、断固とした政策で評価を上げた。おそらく、現在の国民の一番人気はゼーダーだろう。もっとも、ゼーダーはこの次期首相に関する質問には「自分の居場所はバイエルン」と頑なに答えており、首相への野心は見せていない。
それでもメルツ、ラシェット、ゼーダーの何れかが極めて有力である事に変わりはないが、これも当然、11月に行われる連邦議会選挙の結果にもよる。現時点では考えにくいとは言え、ここでCDU/CSU連合が惨敗を喫した場合、政権入りした別の政党の政治家が首相になる可能性がある。具体的には、SPD党首で既に公式に首相候補として擁立されているオラフ・ショルツ、Grüneの両党首アンナレーナ・ベアボック、ロベルト・ハベックの何れかだ。
SPDとGrüneは両党とも中道からややリベラルな政党で容易に連立政権を組む事は可能だろうから、仮にそれでCDU/CSU連合を野党に押しやるような選挙結果になれば、ショルツ、ベアボック、ハベックの何れかから首相が誕生する。特に今やドイツ第二の勢力となったGrüneは注目に値する。Grüneがどこまで躍進できるかは、まずは3月に行われるバーデン・ヴュルテンベルク州選挙の結果が試金石になる。
さて、これまで名前を挙げた中で、一体誰がメルケルの後を継ぐ首相になるのか、敢えて私の独断と偏見から言えば、CSUのマルクス・ゼーダーが最も首相の座に近いと思っている。と言うのも、ゼーダーは国民からの支持が高いだけでなく、今となっては政界でもその実力を高く評価され、党内外を問わず有力政治家からも一目置かれている。
更に、今年はおそらくコロナ禍が今後も続いていく事を考えると、11月の連邦議会選挙で大きな波乱が起こる可能性は低く、結果としてCDU/CSU連合とGrüneが連立を組むという運びになるのではないか。両党の政策方針はかなり乖離しており、本来なら連立はかなり難しいが、ゼーダーはGrüne支持層からも非常に評価が高く、首相としてこれを可能にするのではないか。
唯一の問題は当のゼーダー自身にやる気があるかどうかだが、皆に担ぎ上げられればゼーダー自身もその任を引き受ける筈だ。仮にゼーダーが首相になれば、これまでよりもやや保守的、伝統的な価値観を重んじるドイツになる。一方で環境問題への取り組み、デジタル化なども強く推し進めていくだろう。