テューリンゲン首相選挙でCDUとFDPが極右AfDと手を組み、国内が大騒動になった事を前回記事にしたが、今週更に大きな余波がドイツ政界を襲った。CDUの党首であるアンネグレート・クランプカレンバウアーが党首を辞任し、メルケルに次ぐ次期首相候補にも立候補しない意向を明らかにした。
クランプカレンバウアーは元々首の皮一枚の僅差で党首に選ばれており、党内で盤石な基盤を持っていたとは言い難かった。更にその後も要所で失言を繰り返し、元々トップとしての資質に大いに疑問符が付いていただけでなく、絶対にAfDとは組まないと言う党の絶対的な指針をテューリンゲンであっさり自らの党員に覆された。完全にリーダーとしての威信を欠いた状態になっており、これが辞任の決定打になった。
ともかくも、CDUは新たな党首を決定し、再スタートを切らなければならない。ドイツ最大の国民政党の党首の椅子、つまりドイツの次期首相候補の椅子を掛けた争いが、急遽再び本格化したとも言える。
現在最も有力とされる候補は、前回の党首選で僅差で敗れたものの、現在圧倒的な人気を集めるフリードリヒ・メルツである事は議論の余地がない。しかし、一方で地味ながら突如脚光を浴び始めているもう一人の候補が存在する。それが現在ノルトライン・ヴェストファーレン州の首相であるアルミン・ラシェットである。
現在58歳のラシェットは中道保守政党として存在するCDUの中では一般にリベラルな政治家だと言われている。政策的にもかなりメルケルに近いタイプの政治家だと言えるだろう。ややずんぐりした体型に柔和な表情、如何にも温厚そうな外見が特徴的だ。痩せ型で背が高く、如何にも神経質そうなメルツとは正反対な印象を与える。
このラシェットの強みをFDPの副党首であるヴォルフガング・クビキに言わせれば、”Meister des Unverbindlichen”、日本語に訳せば「非結合の名人」である。言わんとしている事は、異なる政治勢力を一つに纏め上げる卓越した手腕を持っている事だ。
つまり仮にラシェットがCDUのトップで次の連邦議会選挙で勝利し、次のドイツ首相になるならば極右AfD、極左Linkeを除いたFDP、Grüne、SPDが同時に組み込まれた連立政権をスムーズに運営する事が期待される。
とりわけ、現状からい言えば、CDUの最大のライバルはGrüneである。両者の政策はかなり乖離しているので、通常なら連立は困難だが、ラシェットならそれを可能にするかもしれない。
振り返れば前回2017年の連邦議会選挙、本来ならばCDU、Grüne、FDPのジャマイカ連立が組まれる手筈だった。ところがFDP党首であるクリスティアン・リンドナーが突如交渉打ち切り宣言をしたため頓挫したという経緯がある。このような事態は次回の選挙でも十分考えられるので、政治勢力図が分散している現在、ラシェットの手腕は非常に重宝され得る。
このようなラシェットを次期首相候補として高く評価する発言が、前回CDUとの連立を頓挫させたFDPの副党首クビキから出た事は注目に値するだろう。また、FDPはその政治方針から言っても経済重視の政党であり、彼らにとっては本来経済のエキスパートでもあるメルツが首相の座に就いてくれた方が都合が良い。その意味もあってかクビキの発言は多くのメディアに取り上げられた。
更にラシェットに有利な点として挙げられているのが、既にノルトライン・ヴェストファーレン州の首相として実績を挙げている点であり、更に現在の首相であるメルケルからの支持が期待される事だろう。この点はザールランドの首相から党首となり、今回辞任に追い込まれたクランプカレンバウアーと同様だ。
しかし、クランプカレンバウアーが挫折した要因はその実績や政治方針よりも、寧ろリーダーとしての個人の資質に依る所が大きく、ラシェットが必ずしも同じ轍を踏むとは限らない。また、ノルトライン・ヴェストファーレン州はドイツで最も人口の多い州であり、ザールランドより遥かに規模が大きい。ラシェットなら現在最大のライバルでもあるGrüneの支持層からも票を奪える可能性も出てくる。
一方、ラシェットが党首になった場合、AfDへの支持層から再び票を奪い返すのは依然として難しいものになる。この点は明らかな右派であるメルツが圧倒的に有利だ。つまり、現在AfDに蹂躙されてカオスに陥っている旧東ドイツ地域の情勢を改善させるとすれば、メルツの方が相応しいと言えるだろう。
また、肝心のラシェット自身に党首選に出馬する意向があるかは依然として不明だ。ラシェットはこれまで党の重鎮ながら常に控えめな立場を取っており、前回クランプカレンバウアーとメルツ、シュパーンが争った党首選にも出馬しなかった。大きなチャンスがあると見られている今回も今のところ出馬に関しては今の所完全に煙に巻いている。
しかし、逆に言えばラシェットは周りの状況を慎重に見極めながら、天の時をじっと待っているのかもしれない。そうで有れば、確実に近い将来ラシェットは満を辞してCDUの党首、つまりドイツの次期首相候補に名乗り出るだろう。現在は完全に支持率でメルツの影に隠れているが、前回の党首選のクランプカレンバウアー同様、最終的にラシェットはかなりの支持を取り付けるのではないか。
そして肝心の党首選であるが、当初の予定なら今年の末の党大会で行われる予定だったが、前倒しとなり夏頃に行われる可能性が浮上してきている。今後のドイツの行末を含めて、目が離せない展開になってきている事は間違いない。