ドイツ史上最高のオールラウンダー、シュヴァインシュタイガー

2013年にFCバイエルンでチャンピオンズリーグを制覇し、続く2014年のドイツ代表W杯制覇の立役者にもなったMF、バスティアン・シュヴァインシュタイガーがこの程引退を発表した。シュヴァインシュタイガーはこの2つのビッグタイトルのみならず、クラブレベルでは長年にわたりFCバイエルンの顔であり、ドイツ代表では歴代4位の121キャップを誇る。その実力から言ってもドイツサッカー史上でも偉大な選手の一人に数えられるだろう。そのキャリアを振り返ってみたい。

1984年生まれのシュヴァインシュタイガーがブンデスリーガでデビューしたのは若干18歳の2002年である。この当時、ドイツは深刻なタレント不足に喘いでおり、シュヴァインシュタイガーは早くもその2年後若干20歳でEURO2004のメンバー入りを果たした。当初は鋭いドリブルを得意とするサイドハーフとして専ら起用され、積極的に1対1を挑む果敢なプレーが印象に残っている。

シュヴァインシュタイガーはこれ以降、無回転のフリーキック、左サイドから切り込んでのミドルシュートなどのオフェンス能力に磨きをかけて2006年の自国W杯、EURO2008にドイツ代表の主力選手として出場した。しかし、この当時のシュヴァインシュタイガーには誰の目から見ても明らかな欠点が存在した。

それは一言で言えば、精神面の弱さだと言えるだろう。自らの思うように行かなくなるとしばしばラフプレーに走る場面が目に付いた。2006年W杯直前の日本との親善試合、後方から加地に卑劣なタックルを浴びせた場面は多くの日本のファンが記憶しているのではないか。

またEURO2008グループリーグ第2戦クロアチア戦では、試合終了間際に相手を故意に突き飛ばし一発レッドで退場した。これは数試合の出場停止を覚悟すべき悪質なファウルでもあったが、ラッキーにも暴力行為とは認定されず一試合の出場停止で済んだ。この大会ドイツは準優勝したが、下手をすればこれでドイツの早期敗退の可能性があった。

もっとも一方で、調子の良い時は手のつけられない程の活躍をしたのも事実だ。代表的なのは2006W杯の3位決定戦では火の出るようなミドルシュートを2本決め、EURO2008準々決勝でも出場停止からスタメンに復帰し、1得点2アシストを決めてドイツの全得点に絡んだ。とにかく良くも悪くもムラがある選手であり、これが当時伸び悩んでいる大きな理由でもあった。

そんなシュヴァインシュタイガーが変わったのが、FCバイエルンに「劇薬」ルイ・ファンハールが就任してからだろう。ファンハールはシュヴァインシュタイガーをサイドハーフからゲームをコントロールする中盤の底へコンバートした。そして、シュヴァインシュタイガーのキャリアを振り返れば、まさにこれが転機になった言えるだろう。

これ以降、シュヴァインシュタイガーのラフプレーは影を潜め、名実ともにドイツの中心選手、そしてリーダーとして大きく成長する事になる。その変化は、公での振る舞い、コメントを見ても明らかに分かるものだった。そして2010年南アフリカW杯、怪我で欠場となった大黒柱バラックに代わるピッチ上のリーダーとしての役割を担った。

続くEURO2012では怪我の影響もあってか今ひとつの出来だったが、翌年にはチャンピオンズリーグを制覇し、更に2014年ブラジルW杯を制覇した。特に決勝戦のアルゼンチン戦は守備的MFであるケディラが試合直前に急遽欠場となり、代わりに出場したクラマーも怪我で交代を余儀なくされ、守備的MFはシュヴァインシュタイガー一人の状況になった。

そして、この試合顔面から流血しながら汚れ役に徹したシュヴァインシュタイガーの姿は多くの国民の脳裏に焼き付いているだろう。まさに、ドイツ伝統の「闘将」を体現する最後の選手だったとも言える。2016年には引退したフィリップ・ラームに代わりドイツ代表のキャプテンに就任した。

しかし、現役最後となるビッグトーナメント、EURO2016は残念ながら準決勝で敗退し、国民の期待に応える事が出来なかった。特に準決勝のフランス戦では、相手のコーナーキックでマークしている選手に対し一瞬出足が遅れ、思わず手を出してPKを献上するという致命的なミスを犯し、敗退の直接的な原因となった。これ以降は事実上世界のトップレベルからは身を退き、引退まではアメリカのシカゴ・ファイアでプレーした。

若くして世界のトップにデビューし、その才能は早くから注目されていたが、精神的に大きく成長したことで大選手への道を開いた選手だと言える。サイドハーフからボランチにコンバートされた選手だけあってドリブル、ショートパスを駆使しながらゲームを組み立てるタイプの選手であり、非常にキープ力に優れていた。

更には前線へのスルーパス、ミドルシュート、ボックス内への飛び込み、ヘディング、サイドからのクロスなどのレベルも高く、しばしばフリーキックも任された。それでいて相手の攻撃を身体を張って食い止める高い守備力に加え、ピッチ上のチームを管理、指揮する能力を兼備した既有な選手と言える。おそらく、シュヴァインシュタイガーならGK以外の全てのポジションに対応できたのではないか。私の中ではドイツ史上最高のオールラウンダーである。

惜しむらくは、肝心なところでの凡ミスやPKの失敗が記憶に残ってしまっている点だ。特に地元ミュンヘンで行われた2012年のチャンピオンズリーグ決勝戦及び、EURO2016イタリア戦でPKを外したシーン、先にあげたフランス戦のハンドなどはサッカー史を左右する決定的な場面だった。これは勿論運もあるが、ここでいつもの仕事が出来なかった事は現在でも非常に惜しまれると言っておきたい。

因みに引退後のシュヴァインシュタイガーは早くもARD(ドイツ第一放送)の解説者として再びファンの前に姿を見せる事が決定している。あまり喋りは得意ではない印象があるが、基本的に皆から愛される明るいキャラクターを持っており、お茶の間の受けは良いのではないか。こちらも期待したい。