巨大クラスターによって暴かれた、ドイツ豚肉業界の闇

ロックダウン措置が解かれて普段の生活が戻ってきたものの、ここに来て世界的に再び新型コロナの感染者が増えてきた感がある。ドイツでも先週ノルトライン・ヴェストファーレン州ギュータースローにある肉処理工場で何と1500人が一気に感染する巨大クラスターが発生した。

この為ドイツの実行再生産数「R」は一時的に2を超え、ギュータースローとその周辺地域は遂に2度目のロックダウンに近い処置に踏み切るにまで至っている。この巨大クラスターが発生した工場はドイツ豚肉生産の超大手であるテニエスの工場であり、そのシェアは業界で30%、ドイツではダントツのトップである。

当然の事ながら従業員は全員隔離施設に投入され工場はストップしたので、単純に考えればドイツの豚肉の流通が30%減ることになる。テニエスで生産された肉やソーセージは極めて多くのブランドでスーパーマーケットで販売されており、その殆どは激安の商品だった。

ロックダウン解除後のドイツは基本的にルールは州ごとに異なるもの、基本的に1,5mのソーシャル・ディスタンスを保つ事が義務付けられており、新規の感染者数は減少傾向にあった。それがこの巨大クラスターで一気に緩みムードが吹き飛んだ。

もっともこのような工場でウィルスが容易に拡散し得る条件が揃っている事は想像できる。大勢の従業員が気温10度以下の屋内で一斉に仕事をしており、ソーシャル・ディスタンスなどはどこ吹く風だろう。更に工場内は騒音のため、誰も大声で叫ぶので飛沫が飛ぶ。屠殺などはかなりの肉体労働で、慣れないマスクを常時装着するのは非常に煩わしい。

更に指摘されているのがエアコンの存在である。工場内の気温はおよそ6度から10度以下に保ち、かつ雑菌の繁殖を抑えるために極めて乾燥した状態を保つ必要がある。しかし、この為にエアコンが空気を室内で循環させてしまう事で、ウィルスが工場内に巻き散らされたと見られている。テニエス以外でも、ヴィーゼンホーフと呼ばれる鶏肉処理工場でも小規模だがクラスターが発生した。

しかし、この巨大クラスターがきっかけで更に問題視されているのが、このドイツの食肉業界における常軌を逸した労働環境である。工場で働く従業員の多くは東ヨーロッパから、とりわけ最も貧しいとされるルーマニアからが主である。彼らは極めて過酷な労働条件の下安い賃金で雇われている。南ドイツ新聞による元従業員へのインタビューによると、労働時間は月に200時間だとのことだ。

もっとも、これらの従業員の殆どは直接テニエスなどの大手から雇われている訳ではなく、その下請け業者に雇われているパターンが多いらしい。つまり、その業者はテニエスから屠殺業などを請け負い、その契約を仕上げる為にルーマニアなどの貧しい国からの従業員を雇い、徹底的にこき使っている。おそらく、業界シェアが30%もあるテニエスからのアウトソーシング契約なら、どんな業者でも安い価格での下請けを強いられている事は想像できる。

そして、これは結果としてドイツの異常に安い豚肉の価格をもたらしている。豚肉に限らず、ドイツの食料品価格が異常に安い事は以前から問題視されていたが、今回図らずもそれをもたらす異常な労働環境にスポットが当たってしまった事で、この部分で国政レベルの大ナタが振るわれる事は間違いない。この業界におけるアウトソーシング契約自体を禁止するという荒療治に出る可能性も十分にある。

仮にもしそうなれば、ドイツの肉の激安価格は終わりを告げる。そして今であれば、おそらく国民の多くもそれを受け入れるし、受け入れなければならない。安ければ企業努力などと安易に言うが、常軌を逸して安い物にはそれなりの理由がある。

結局のところ、ひたすら安く、金儲けだけを一心に追求した結果が、この新型コロナのクラスターという大惨事に繋がった。今回コロナ禍にもかからわらず、悪質な労働条件で感染してしまった従業員や、そのとばっちりでロックダウンとなった地域の市民は本当にお気の毒としか言いようが無い。夏もやってきたが、もはやバカンスどころの話ではないだろう。