新型コロナ危機で問われる、ドイツ連邦制の是非

ドイツの国としての正式名称は「ドイツ連邦共和国」である。連邦制を採用する国、つまりドイツは多くの事項で州に強い権限がある地方分権国家である。このため、ドイツ語では特にドイツ全土を表す場合、しばしば日本語の「連邦」にあたる”Bund”と言う単語が使われる。これに対比して、本来は「国」表す単語、”Land”の複数形である”Länder”がドイツを構成する16州を意味する。要するにドイツは16の国が集まって出来た集合体の国家だとも言い表せる。

これはドイツは元々小さな地方領主が集まって形成された国であり、長い間統一国家としての体を持たなかった事に加え、第二次世界大戦後ドイツを管理した連合国諸国がドイツの国家としての権力集中を阻んだからだとも言われる。

現在でも地方によって異なる文化、催事、ルールが存在するのは地方分権国家ドイツの魅力でもあり、政治的にも州、或いは自治体単位で柔軟な決定が出来るなどのメリットがある。また、多くのドイツ人自身も自らの出生地、住む州に強い精神的な繋がりを持っており、私はこれをドイツの良い点だと思っている。そう言う意味で、何もかもが東京を追随する日本とは正反対の国だとも言えるだろう。

しかし、今回の新型コロナ・パンデミックに関してはドイツの連邦制が足かせになっているとの意見が各方面から聞かれる。これまでのところ最も被害の大きいイタリアを始めとしたヨーロッパの他国は次々と国単位で、学校、保育所の閉鎖、国境の閉鎖、一定人数以上の人が集まるイベントの禁止などの劇的な措置を次々と打ち出し、これ以上のウィルスの拡散を防ごうとしている。

一方、ドイツは国としてこのような迅速かつ統一された措置は未だに出していない。と言うより、出せないのである。学校の閉鎖や、イベントの禁止、感染症対策は基本的に州の管轄事項になるからだ。もちろん、ドイツ政府の健康相であるイェンス・シュパーンは連日メディアに登場し、先週1000人以上のイベントの中止を勧めたが、所詮これに強制力はない。

例えば、今週はブンデスリーガの試合が当初行われる予定であり、ドイツ政府の進言通り試合は無観客で行われると思われた。しかし、FCユニオン・ベルリン対FCバイエルンの試合のみは観客有りで行われると発表されると言う奇妙な事態となった。これには誰もが訝しく思ったが、これに対する決定権はドイツ政府ではなく、ベルリンの試合が行われる現場の自治体にある。

もちろん、いわばブンデスリーガでは弱小であるFCユニオン・ベルリンがホームにFCバイエルンを迎えて行う試合は滅多にないドル箱のパッケージであり、観客つきで試合を行いたいのは当然の事だ。これは該当の自治体がドイツ政府から苦言を呈された事で、自ら決定を覆す事になったが、これは連邦制を採用するドイツにとって全土が足並みを揃えて新型コロナに対応する事の難しさを端的に示した例だと言える。

実際に、現在のように驚異的な速さで感染者が増えている状況において、各州の対応がバラバラで、国単位で統一した対抗策が迅速に出せないのは問題だと言わざる得ないだろう。極端な話、どこかの州は厳しい対応策でウィルスを封じ込めても、隣の州で爆発的感染が起これば、全く意味は無くなってしまう。

確かにより現場の状況を把握している人間に、決定権があるのは良い事だという意見もあるが、現場の人間は大局ではなく目先の利益で動かざるを得ない。今回の新型コロナの場合、感染者が見つかった時点で対応を始めてももう遅いのは明らかで、小さな自治体ならそれであっという間に医療崩壊など起こりうる。今回の新型コロナ・パンデミックでは国としての統一かつ迅速な対応策が求められるのは当然であり、ドイツの伝統でもある連邦制の是非、改善が問われているとも言える。

因みにこの状況もあってか、メルケルは金曜日にバイエルン首相及びCSU党首であるマルクス・ゼーダー、ハンブルク市長ペーター・ツシェンツシャーと共に国民向けに記者会見に臨み、基本的にすべてのイベントの自粛、学校や保育所の閉鎖を求めた。決定権は当然州にあるが、各州はドイツ政府の意向に従う事で一致している。

そこで早速私の住むバイエルン州は来週から学校と保育所は閉鎖となっている。他州も若干の時期のズレはあるものの、同様の措置が取られる見込みだ。ブンデスリーガの試合もすべて中止となった。注目されるのは今後出てくるであろう経済救済プログラムだ。ドイツは長期にわたる好景気もあり、これまで鬼のように黒字財政に拘ってきた。しかし、国民の生活を崩壊させない為にも、今こそその金を惜しみなく注ぎ込むべき時が来たと言えるだろう。

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