人類の知力を結集し完成させた新型コロナワクチンは、このいつ終わるとも知れないパンデミックを終息させる最大の希望である。しかし、ドイツがEUを通して注文したワクチンはことごとく配送を減らされており、ワクチン接種の進捗が他国に大きく遅れをとっている。
ZDFのデータによると、トップのイスラエルは既に人口1000人あたり616本の接種を済ませている。イギリスは162本、アメリカは106本、それに対しドイツはたったの36本である。同じ先進国の割には随分と差をつけられた。
そのような状況故に、先週からは遂に懸念されていたロシア産ワクチン、スプートニクVの導入まで実しやかに囁かれるようになった。スプートニクVは既に91,6%の有効性が証明されており、各方面からこのワクチンに期待を寄せるコメントが相次いでいる。更にはドイツ国内で生産されるという話まで出てきた。
しかし、効果が証明されたとは言え、この手のひら返し。ロシア産と言うだけで接種を躊躇する人々は多いだろう。偏見である事は百も承知だが、国のイメージは製品の信頼性にも著しい疑問を投げかけてしまう。私の知る限り接種時にワクチンを選ぶ事はできないので、仮に承認され導入する運びになれば、このスプートニクVに当たる確率は十分にある。
そもそも、このワクチン不足の最大の問題となったのがアストラゼネカ製ワクチンの配送である。アストラゼネカは3月末までに契約していたとされる80百万本のうち、31百万本しかEUに配送できないと通告し、更にその一方でイギリスには通常通り欠品なしの配送を実施していた。
何故、イギリスには通常通り配送可能で、EUは6割もワクチンの配送を減らされるのか、これでEUは激怒した事はおそらく日本でもニュースになっている筈だろう。これに対するアストラゼネカの説明はイギリスの方が早く契約したからというものである。これに対しEUは「パン屋の行列とは違う」と言って一歩も譲らず、契約書の一部を公開するにまで至った。
私はこの契約書の細部までは把握していないが、私から言わせれば、このアストラゼネカの弁明は聞き苦しい。そもそも早いもの勝ちなら、契約書で数やら期限など指定してサインする意味など無い。それこそパン屋の行列ではない。
また、更にアストラゼネカが抗弁したのが契約書における、いわゆる”best effort”の条項、つまりアストラゼネカは3月末までに80百万本を配送する最大限の努力をすると約束はしているが、その数の配送自体を保証しているものではないと言う点である。この為、仮に裁判となった場合、どちらに分があるのか専門家の間でも意見が割れている。
しかし、わざわざ契約の書面に記した「最大限の努力」の結果が、記した数の半分以下しか配送出来ないなど、客の立場から言えば悪いジョークだろう。ましてや、別の客(イギリス)に問題なく配送しているなら尚更である。故にクレームをつけるのは当然であるし、誰が客でも怒るのは当たり前だ。
もっとも残念ながら、今更EUが幾ら圧力をかけても無いものは無い。重要なのはワクチンが手に入るかどうかで、どちらが裁判で有利だろうが、そんなのはどうでもよい話だ。最近になって急にアストラゼネカはEUへの配送を31百万から40百万に引き上げたが、それでも予定の半分である。逆にいえば、そのような状況を見越してアストラゼネカにきっちり予定通りの量を配送させる契約をしたイギリスの方が賢かった。
本来ドイツも世界的に見ても裕福な国なので、高い金を払い単独でワクチンを先々に買い占める事は可能だったはずだが、敢えてEUを通してワクチンを買い付けた。狭い大陸でワクチンの奪い合いになり、隣国同士関係が悪くなることを考えればそれも理解できる。また巨大な顧客として交渉する訳だから、条件面でも有利になることが期待されるだろう。
しかし、どんなに安い価格で買い付けようが品物が無ければ意味がない。それどころか、EU離脱で単独で買い占めを成功させたイギリスに完全に出し抜かれた格好になった。少なくとも、ここまでのワクチン確保戦略は大失敗と言えるだろう。