レーヴの奇策が裏目に出た、EURO2012四強イタリア戦

今年2019年はEUROもW杯も無い奇数年のため、時間を見つけて過去に印象に残っているドイツ代表の試合を自らの記憶や映像を頼りに再び振り返ってみたい。まず2010年以降最も印象に残っている試合として、EURO2012準決勝イタリア戦を挙げてみたい。ビッグトーナメントでイタリアに勝利した事のないドイツだが、この試合に限っては圧倒的有利が囁かれていた。

2012年のドイツ代表は、サッカーの技術、プレーの美しさ、鮮やかさから言えば、私が見た中で過去最高のチームだった。メンバーの大半は2010年のW杯でブレイクした若手の黄金世代である。まずノイアー、エジル、ケディラ、ミュラー、ボアテング、バードシュトゥバーらは既にそれぞれ当時世界最高のクラブを争ったレアル・マドリードとFCバイエルンの主力にまで成長した。

これにラーム、メルテザッカー、シュヴァインシュタイガー、ポドルスキらの経験豊富な選手がチームを引っ張る。更に同シーズンドイツ最優秀選手に選ばれたマルコ・ロイス、ドルトムントで世界屈指の攻撃的CBに成長しつつあるマッツ・フンメルス、ドイツ屈指の才能と呼ばれたトニ・クロースとマリオ・ゲッツェが加わった。やや駒不足に見えるFWもベテラン、ミロスラフ・クローゼはイタリアで復活し、ドイツ屈指のポテンシャルを秘めたマリオ・ゴメスも27歳と脂の乗る年齢となってきた。

そして、このキラ星のごとく才能がひしめくメンバーで、ヨアヒム・レーヴは就任当初のカウンターサッカーから、2010年以降試合を支配するポゼッションサッカーへと舵を切った。

2017年11月に行われたオランダとのテストマッチでドイツはそのポテンシャルを遺憾無く発揮し、2010年W杯準優勝、EURO2012も優勝候補に挙げられていたチームをぐうの音が出ない程の完璧な勝利で叩きのめした。更に本大会でもグループリーグでオランダ、デンマーク、ポルトガルという難敵を相手に3連勝、準々決勝のギリシャ戦は4得点を叩き出し一気に調子を上げてきた。

ドイツの目標は明確だ : EURO2008、2010年W杯で辛酸を舐めさせられたスペインを倒し優勝する事である。そして決勝戦には既にそのスペインが待っている。準決勝、ドイツの前に立ちはだかるのは2006年の自国W杯準決勝と同じイタリアである。イタリアは初戦のスペイン戦以外は例によって冴えない内容ながら、少ないチャンスをものにする狡猾さと戦術的なクレバーさで勝ち上がってきた。

そして、この試合でまずポイントになったのがドイツのスタメンである。監督のヨアヒム・レーヴは4-2-3-1のシステムはそのままに、前の試合で4得点と爆発した攻撃陣の大幅に入れ替えを敢行した。即ちロイス、シュルレ、クローゼに代わりにポドルスキ、クロース、ゴメスを再びスタメンに復帰させた。

更にそれまで不動のトップ下だったエジルを2列目の右へ動かし、トップ下にはトニ・クロースを起用した。これにはかなり意表をつかれ、当初はその意図が不明だったが、それは試合が進むうちに徐々に明らかになる。クロースは中央でイタリアの心臓、アンドレア・ピルロを封じ込めるタスクを担っていた。

試合が始まると予想通りドイツが圧倒的な攻勢をかける。まずはラーム、ポドルスキの左サイドが中心だ。しかし、結局は手詰まりとなり、ドイツはスペースのある右サイドへ大きく展開、最終的には攻撃が不得手な右SBボアテングにボールを持たされる形になる。このボアテングのクロスから混戦となり一度あわやゴールかと思わせる場面もあったが、ドイツは攻勢をかけながらも決定的なチャンスを得るまでには至らない。

一方のイタリアは全体的に押されながらも例によっての鉄壁の守備でドイツの攻撃を凌ぎ、ボールを奪えば徹底してカッサーノ、バロテッリの2トップへ縦への長いパスを繰り出してくる。トリッキーな動きで掻き回してくるカッサーノに対し、バロテッリはじっとドイツ守備陣の裏を取ろうと待ち構えている。

そして20分、イタリアが先制する。中央でボールを持ったイタリアのキーマン、ピルロに対しドイツは一旦はエジルがチェックに行った。ピルロはこれで最終ライン位置まで後退するが、エジルが追ってこないのを見るや否や、左サイド前方へ見事な展開パスを通す。

ボールを受けたキエッリーニは、左サイド深い位置に走り込んだカッサーノにボール預ける。カッサーノはこれを奪おうと飛び込んだフンメルスをあっさりとかわし、中央にクロスを送った。そしてこれを待ち構えていたバロテッリは一瞬ボールウォッチャーとなったバードシュトゥバーの裏をとり、フリーでヘディングシュートを決めて先制した。

緩い守備の連鎖でよもやの失点を喫したドイツは、同点に追いつくべく更に攻勢をかける。しかし、全くと言って良いほどイタリアの守備陣を崩せそうな気配は出てこない。特に2列目左のポドルスキ、FWのゴメスは完全な蚊帳の外で全くボールにも触れない状況である。この日例外的に2列目の右で先発したエジルは時間を追うごとに中央に入っていき、ドイツの右サイドには大きなスペースが生じていた。

そして36分、ドイツのコーナーキックがそのドイツ右サイドへこぼれ、これを拾ったのはモントリーヴォである。モントリーヴォは一旦はペースを落として、味方の押し上げを待つ素ぶりを見せたが、ドイツの選手が全くチェックに来ないと見るや前方へ待ち構えるバロテッリへロングパスを送った。

ドイツの最後尾にはポドルスキとラームがバロテッリを見張っていたが、ポドルスキは無謀なオフサイドトラップを仕掛け、完全に意表を突かれたラームはこのロングボールの目測を誤り、バロテッリに裏を取られる事になる。そしてノイアーと1対1となったバロテッリはゴール右隅へノイアーが一歩も動けないほどの弾丸シュートを突き刺した。