新型コロナで家に閉じこもる日々が続いたが、ZDFのアーカイブで過去のスポーツ名場面を見る事ができる。その中にEURO1996年決勝、ドイツvsチェコが含まれていたので観戦した。この試合はドイツがオリヴァー・ビアホフのゴールデンゴールで勝利し3度目のEURO制覇を達成した。
この大会のドイツは高齢化が指摘された1994年アメリカW杯の主力に加え、ショル、ツィーゲ、バベルらの若干の中堅選手を加えた構成で臨んでいる。故にトータルで見ればW杯に引き続きかなりのベテラン偏重のチームだった。
ドイツはグループリーグでチェコ、ロシアを比較的楽な試合で下した後、苦手イタリアを引き分けに持ち込みグループリーグで蹴落とす事に成功、1位で決勝Tに進出した。準々決勝はクロアチアを2-1で下し、準決勝は地元イングランドをPK戦で辛くも勝利しての決勝進出である。決勝のチェコ戦はグループリーグでの再戦で、普通に考えればドイツ圧倒的有利は動かない。
しかし、ドイツはこの大会攻撃の軸となっていた攻撃的MFアンドレアス・メラーが累積警告で出場停止なのをはじめ、合計6名を累積警告、負傷で欠いており戦力はダウンしている。
監督フォクツが採用するのは当時のドイツ・スタンダードである3-5-2システムだ。クリンスマン、クンツの2トップ。ヘスラー、ショルのダブル司令塔。ウィングバックには右に守備的なシュトルンツ、左に攻撃的なツィーゲ。守備的MFにアイルツ。ストッパーは右にバベル、左にヘルマー。そして最後尾に最強のリベロ、ザマーを擁する。GKはこの大会好セーブを連発するケプケである。
試合が始まる予想通りドイツがボールをキープし攻める時間が長くなる。しかし、ショル、ヘスラーのダブル司令塔は思った程機能しない。ヘスラーはこの大会絶不調に喘いでおり、ショルは巧いがややボールを持ちすぎる傾向がある。両者のタイプが似ているのもあるが、やはり縦への圧倒的なスピードを持つメラーの欠場は痛い。
ドイツの更なる攻撃のオプションは左サイドのクリスティアン・ツィーゲだ。ツィーゲは得意の左足でのクロスのみならず、中央へのドリブル突破、場合によっては右サイドにも顔出すなど精力的に攻撃に絡んだ。
しかし、ドイツは肝心のクリンスマン、クンツの2トップに相手DFを凌駕する強さが感じられない。クリンスマンは32歳、クンツは33歳で既に全盛期を過ぎている。やはりコンビで相手の守備陣を完全に崩す必要がある。
ドイツは時間が経つにつれて徐々にリベロのザマーが前方へ顔を出すようになり圧力を強める。34分にそのザマーのミドルシュートが起点となり、こぼれ球をクンツが押し込む決定的チャンスを得るが、これはゴールライン上でDFにクリアされた。更に40分、中央へ切れ込んだツィーゲからのスルーパスでクンツが再びGKと1対1のチャンスを得るが、これも決めきれない。
一方のチェコも押されながらも危険なカウンターを繰り出し反撃する。42分にはクーカがアイルツのパスミスを奪いGKと1対1になる決定的チャンスを得るなど、決して怯んではいない。寧ろ戦前の予想からすればここまで大健闘だろう。
前半終了間際、ドイツは守備的MFアイルツが負傷で交代を余儀なくされる。アイルツは超攻撃的リベロでもあるザマーの攻め上がりで出来たスペースを忠実に埋める黒子の役割に徹しており、ここまで全試合でスタメン出場していた。控えの守備的MFフロイントは負傷で離脱しており、これはドイツにとって痛い。
後半ドイツは負傷したアイルツに代えて左ウィングのボーデを投入する。これでそれまで左ウィングバックだったツィーゲが中盤の底の位置に入った。ツィーゲの守備力は決して高いとは言えず、ピッチ上の選手はかなり攻撃偏重型になった。ドイツは依然として攻めてはいるが、バランスを欠いた状態になりつつある。
59分に懸念されたことが現実となる。完全に攻撃に意識があるドイツはザマーの縦パスがカットされるとチェコに完全に裏を取られ、後方には誰もカバーが存在せず大ピンチに陥った。ザマーは全速力で戻ったがポボルスキーを倒しチェコにPKが与えられる。
ザマーのファウルは明らかにペナルティエリアの外であり、これは明らかなミスジャッジだったが判定は覆らない。思い切り正面へ蹴ったベルガーのPKはGKケプケの脇下を抜けてゴールに入り、チェコがよもやの先制点を上げる。
同点に追い付きたいドイツだが動揺は隠せない。焦りからかひたすら前方へ蹴るだけの単調なサッカーとなり、チェコの守備を全く崩せそうな気配が出てこない。これをみてフォクツはMFショルに代えて長身FWビアホフを投入する。
この交替はいきなり功を奏す。ビアホフは投入の僅か3分後72分にセットプレーから得意のヘディングを叩き込みドイツは同点に追いついた。チェコは当時無名で出場時間も少なかったビアホフの特徴を掴んでいなかったのかゴール至近距離からフリーのヘディングを許す致命的なミスを犯した。
ドイツは90分で試合を決めるべく更に攻勢をかける。地力で勝るだけにリスクの高いゴールデンゴール方式は避けたいところである。しかし高い走力を誇るチェコも時折反撃を見せ、試合は一進一退の白熱した展開となり延長戦に突入した。
そして延長開始早々5分、ゴール正面、背を向けた状態でボールを受けたビアホフは巧みにボールをキープし、振り向きざまに左足でシュートを放った。このボールは相手DF足に当たり僅かに方向が変わり、GKの手を弾いてゴール右下へ転がり込んだ。これが史上初のゴールデンゴールとなり、ドイツはEURO通算3度目の優勝となった。
試合全体を振り返れば、個々の技術や鮮やかなコンビネーションよりも1対1の強さ、走力が前面に出た試合であり、また最後のゴールデンゴールもGKのミスと言えるもので、欧州最高峰を決めるサッカーの質としては凡庸な部類に入る。しかし、負傷者や累積警告の出場停止でドイツの戦力が落ちたのもあるだろうが、かなり拮抗した、白熱した展開となった。
最終的にドイツを勝利に導いたのは、オリヴァー・ビアホフと言ういわば秘密兵器が最後の最後で大当たりを見せた事が決定的となった。とは言え、内容は若干ながらドイツ優勢であった事も事実であり、単なる運や勝負強さだけでこの試合の勝敗を論じる事はできない。やはり最後はドイツの地力が僅かに優っていたとも言える。
大会全体を振り返ればドイツは前述した通り94年W杯に出場したベテラン中心のメンバーであり、戦術自体にも大きな変化はなかった。しかし、この大会でカギとなったのはリベロのマティアス・ザマーの存在だろう。ザマーは最後尾でチームをコントロールしながら、激しいタックルに加え、最前線へ飛び出して得点を度々決めるなど、まさに「リベロ」に相応しい活躍を見せた。この年バロンドールを獲得している。
更にこのザマーの攻撃参加の穴を的確に埋め、汚れ役を遂行した守備的MFアイルツ、左サイドから抜群の攻撃力を発揮したツィーゲも出色の出来だったと言える。古典的なシステムに若手のタレント不足など徐々に下り坂にあるドイツだったが、これらの選手の活躍で一時的に強豪国の面目を保つ事に成功した。低迷期突入前ドイツ代表最後の成功となる大会である。