昨季途中よりFCバイエルンを率い、いきなり記録的な勝率で3冠を達成した監督のハンジ・フリックであるが、2023年の契約満了を前にして今シーズンでチームを去る意向を伝えた。フリックは同じく今年のEUROを最後に退くドイツ代表監督ヨアヒム・レーヴの後釜の有力候補とされており、これでフリックが新たなドイツ代表監督の座に座る可能性がかなり高まった。
3冠を達成した昨シーズンこそ表沙汰になる事は無かったが、もともとフリックはFCバイエルンのスポーツディレクターであるハサン・サリハミジッチと選手補強に関してかなりの意見の相違があり、関係が良くなかったとされる。
当然ながらこの選手補強に関して決定権があるのはスポーツディレクターであるサリハミジッチである。もちろん、フリックは現場の責任者として自らの要望、意見を伝えるのは当然なのだが、サリハミジッチはこのフリックの要望とは全く異なる選手を補強し、更にフリックもサリハミジッチが連れてきた選手はベンチに干し続けた。試合で誰を使うかはスポーツディレクターではなく、当然ながら監督に決定権がある。
本来現場と上層部の意見が異なるのは当然で、どんな組織でもある。サッカーなら監督は目の前の勝利やタイトルなどのスポーツ的な要素に集中する一方、上層部はビジネス的な視点も含め補強戦略なども決定するだろう。特にバイエルンは伝統的にビッグクラブながら高額なスター選手を避けて、伸び代のある期待の若手や、実力はあるけど他チームで干されてお買い得になった選手を連れてくる傾向がある。
また問題となったのが、守備陣の主力であり今季で契約が切れるアラバとボアテングの処遇についてである。アラバは世界屈指の守備力に加え、左足のキック、更には守備的なポジションなら何処でもこなせるユーティリティ性のある選手であり、FCバイエルンには欠かせない戦力だった。代わりになる選手など、何処にもいない。
当然フリックはFCバイエルンにアラバが必要である事をメディアで必死で訴えた。ここでアラバが相当な給料を要求した事は間違いないだろうが、FCバイエルン側は交渉のストップをメディアを通じて誇大に発表し、その権威を誇示するかのようなクラブ側の発表は当然ながら物議を醸した。
更に32歳のボアテングもかなり衰えたとは言え、フリックは重用し多くの試合でズューレやエルナンデスを差し置いてスタメンで起用した。契約が切れる来季もフリックはボアテングを少なくともバックアップとして手元に残しておきたいと考えていたが、ボアテングの契約は延長されずチームを去る事が決まった。これにフリックは公に不満の意を示してフリックとサリハミジッチの不仲報道は更にエスカレートした。
しかも、この通告はよりによってシーズンで最も重要な試合でもあるチャンピオンズリーグのパリSG戦1stレグの直前に行われた。現場にとっては寝耳に水である事は想像に難くない。そして最終的にフリックはチャンピオンズリーグでパリSGに敗退した直後、上層部に今シーズン限りでチームを去る意向を伝えたとされる。
ひとまず、これまでの経緯を聞く限り、やはりサリハミジッチのコミュニケーション能力が今ひとつである事を窺わせる。サリハミジッチも元FCバイエルンの選手とは言えスポーツディレクターとしては44歳と若く、「これはオレの権限だ」と言わんばかりの自らの権威を誇示する姿勢が透けて見える。
またフリックがメディアを通じてサリハミジッチとの対立を隠す事が無かったのも、おそらくドイツ代表監督の椅子が見えているからだろう。そもそもそんな機会は滅多にない上に、フリックは昨シーズンでタイトルというタイトルを総ナメにした。FCバイエルンに居ても後は落ちるだけである。自らの市場価値が高いうちに代表監督になり、自分の好きな選手を呼んでW杯やEUROの優勝にチャレンジしたいと思っても不思議ではない。
公式にはまだ何も決定していないが、フリックがFCバイエルンを去り、ドイツ代表監督に就任するのはもはや既定路線となった。ただフリックも代表監督となった場合、当然ながら最も多くの選手を送り出すFCバイエルンとの関係を悪くする訳にはいかないので、サリハミジッチ一人を悪者にして退任する事はしないだろう。もちろんファンとしても円満な退任が望まれる。
FCバイエルンとしてはフリックの監督としての能力は疑いの余地が無く、仮にどのような優秀な監督が来たとしてもその穴は埋め難い。今年は例によってブンデスリーガを制する事は間違いないが、長年続いた黄金時代は今年で一旦終わる可能性がある。まあ、来期意向ブンデスリーガの優勝争いが再び白熱するのであれば、それはそれで悪くないと思っている。