ユルゲン・クロップ、ドイツサッカー史上屈指の名将への道を歩む

今年のチャンピオンズリーグはドイツ勢は全て16強で敗退、ブンデスリーガこそ今日の最終節まで優勝の行方は分からないが、首位決戦でバイエルンがドルトムントを一方的な内容で蹂躙したことで極めて緊迫感が萎えた。つまり、私にとって今シーズンのサッカーはほぼ終わったコンテンツだった。

しかし今シーズンの佳境、チャンピオンズリーグの決勝を前にして一際脚光を浴びるドイツ人監督の存在を忘れてはなるまい。それは言うまでもなくFCリバプール監督、ユルゲン・クロップである。

クロップ率いるリバプールはチャンピオンズリーグ準決勝FCバルセロナ戦の1stレグを0-3で敗北し、敗退は決定的な状況になった。しかし7日に行われた2ndレグで4-0で勝利するという奇跡の大逆転劇で2年連続で決勝進出を決めた。

クロップは既にブンデスリーガで低迷するドルトムントを2年連続で優勝に導いた手腕を持ち、更には2013年に同チームをチャンピオンズリーグの決勝まで導いた。2015年にはプレミアリーグで中位に沈むリバプールの監督に就任、今年は1ポイント差で優勝こそ逃したものの、先に挙げたチャンピオンズリーグは決勝に進出している。

その実績だけでも、現代ドイツ最高の監督である事は間違いない。かつてドルトムントに所属した香川真司の恩師として、日本でも馴染みのある監督の筈だ。

まず、クロップの名前が取り沙汰されるようになったのは2000年代初めにFSVマインツの監督だった頃だろう。クロップ自身もこのマインツのDFで、どちらと言うと無骨なファイターだったそうだ。クロップは前任者の更迭を穴埋めする形で当時2部だったチームの監督となり、2003/2004のシーズンで悲願のブンデスリーガ昇格を果たす。更にその後2シーズン、ブンデスリーガ残留に成功する。

私の記憶が正しければ、マインツは一時的にブンデスリーガで旋風を巻き起こし、クロップの存在もこの時にクローズアップされた。当時からクロップは高い走力を基盤にした組織サッカーを試み、更にチームワークを非常に重視した事で知られている。

とりわけチームに連帯感を持たせる為に、チームをスウェーデンにサバイバルキャンプに連れていった事は有名な話である。選手たちはそこで魚を取り、火を起こし、野宿をして生活をした。どんな所でも生き延びれるのだと言う精神的な強さをチームに植え付けたかったからだそうだ。これだけ見れば古典的で泥臭いタイプの指導者に見える。

しかし、今となっては議論の余地も無い事であるが、クロップは戦術家としても優れている。ボールを奪われた直後、陣形を整える前に即座にボールを奪い返し逆襲に転じる戦術「ゲーゲンプレッシング」をドイツに浸透させたのは他ならぬクロップだ。

この戦術のオリジナルはペップ・グアルディオラ率いるFCバルセロナと言われるが、クロップはドルトムントの監督時にこれを自分流に進化させ成功を収めた。クロップはこのゲーゲンプレッシングからの高速カウンターを駆使し、2010/2011、2011/2012シーズンは圧倒的な強さでFCバイエルンを抑えてブンデスリーガ2連覇を果たしている。このクロップの戦術は当時のドイツにとって革命的であり、この時期はドイツサッカーがここ数年で最も隆盛した時期とも重なる。

その一方で、当時のクロップの弱点として指摘されていたのが、引いた相手を崩すための解決法に乏しかった点である。2014/2015シーズン、ドルトムントは守備を固めてくる格下に多くの星を取りこぼし前半戦最下位と低迷する。後半やや持ち直して最終的に7位に落ち着くが、クロップはこのシーズンを最後にドルトムントを去ることになる。

しかし、クロップは現在率いるリバプールでこの弱点を改善させることに成功している。特に今シーズンは守備を固めてくる相手に対してキッチリと勝利を重ねてきた。とりわけ昨年の10月末にはカーディフを相手にして85%のボール保持率を記録して4-1で勝利している。

更にこのクロップの進化を象徴するのが、先のチャンピオンズリーグでのバルセロナ戦の1stレグである。この試合リバプールは0-3で敗れたが、あのポゼッションサッカーの権化でもあるバルセロナ相手にボール保持率(52% : 48%)、シュート数(15:12)、更にパス成功数(454:426)でも上回り、内容では寧ろ勝っていた。

これを見れば、もはやクロップがゲーゲンプレッシングだけの監督ではない事は明白だ。FCバルセロナ相手に2ndレグでの大逆転は奇跡と言われているが、トータルの内容でみれば、寧ろ順当とさえ言える。

そして、クロップを現代屈指の名監督、更には唯一無二の存在にしている能力として挙げておきたいのが、その人を惹きつける魅力的な人間性、高いコミュニケーション能力と情熱に基づいたモチベーターとしての能力だ。クロップがこの点において特別な存在なのは、メディアを通してでも十分に伝わってくる。

それだけでなく、クロップはドイツ国民に絶大な人気を誇っている。クロップの名前がお茶の間に浸透したのは2006年W杯で解説を務めた時だろうが、その話は本当に表情、感情が豊かで、それでいてその内容は論理的であり、機知に富んでいる。サッカーが好きな者であれば、誰でも引き込まれてしまうだろう。それだけ、クロップの話は面白いのだ。

クロップは監督として極めて優れたモチベーターであるどころか、周りにいるすべての人間を熱狂の渦に巻き込むほどのカリスマ性を備えていると言っても過言ではない。今やドイツサッカー史に残る名監督への道を着々と歩んでいる事に、誰も異論はないだろう。