ドイツ語には分離動詞という厄介なシステムが存在する。読んで字の如く、文中で動詞が二つに分裂するルールである。これはおそらくドイツ語初級者にとって最大の難関の一つであろう。そもそも動詞が分離しているので、辞書でその単語を探すのも難儀な事があるかもしれない。
例えば、”Ich höre mit dem Rauchen wegen meiner Schwangerschaft sofort auf” =「私は妊娠の為にすぐに喫煙を止める」という文があるとする。この場合、辞書で引かなければならないのは”hören”ではなく、”aufhören”と言う動詞である。見てのとおり、”hören” と”auf”が分離しており、面倒な事この上ない
しかし、残念ながらこの分離動詞は早い段階から避けて通る事は出来ない。と言うのも、ドイツ語で早くから知っておくべき重要な単語の多くが既に分離動詞であるからだ。先に挙げた”aufhören”=「止める」もそうだが、”anrufen”=「電話する」とか、”ankommen”=「到着する」、”absagen”=「断る」などの日常的に使う動詞も既に分離動詞である。
もちろん、自らが話す、書くといった表現する分には、似たような意味の非分離動詞を利用する事である程度は代用できる。しかし、分離動詞を使いこなせない限り表現、理解の範囲が著しく限定される。分離動詞の文法に関してはおそらく参考書やネットに多数説明がなされているので、ここでは掘り下げないが、単語の覚え方については私は自分なりの方法を持っているので参考までに紹介したい。
まず、ドイツ語の動詞は分離動詞に限らずan-, ab-, auf-, über-, durch-, um-, aus-, ein-, er-, ver-, zu-, unter-, zer-, be-, などといった前綴りにgeben, nehmen, gehen, kommen, stehen, sitzen,などの基礎動詞が組み合わさったパターンが多数を占める。
この前綴りの中では基礎動詞と分離するものと、分離しないもの、両方のパターンを持つものがあるので、まずこれは覚えておいた方が良い。まず何が分離動詞で、何が非分離動詞なのか区別する必要がある。例えば上記に挙げたものの中で分離する前綴りはan-, ab-, auf-, aus-, ein-, zu- であり、これらが頭にひっつく動詞が分離動詞となる。
そして、これらの前綴りにはそれぞれ特有の意味、或いはニュアンスがある。分離動詞とはこれらの前綴りの意味が基礎動詞の意味と組み合わさる事によって、新たな意味のある動詞が完成するという理屈でもある。
例えば分離前綴りan-には何か目的を絞って対象物に行動を起こし、その表面に接触する、或いは何かの行動を開始、スタートさせるというニュアンスを持っている。例えば思いつく限り以下のような動詞はこれでイメージしやすい。
“anfassen” =「触れる」
“anfahren”=「(乗り物で)到着する、ぶつかる」
”anbraten” = 「表面だけ焼く、あぶる」
”anbringen”=「何かを取り付ける」
”anbrechen” =「袋を開ける、ヒビが入る」
”angreifen”=「攻撃する」
”anfangen”=「始める」
”anlaufen”=「助走をする」
”anzahlen”= 「頭金を払う」
”anstoßen”= 「サッカーのキックオフをする」
一方分離前綴りab- はan-とは逆に物体が何かから離れて行く様子を示している。また何かを防ぐ、遮断する、更に下方向への動きを示すニュアンスがある。例えば :
“abfahren”=「出発する」
“abschicken”= 「発送する」
“absetzen”= 「外す、罷免する」
“abstellen”= 「置いていく」
“abgeben”=「提出する」
“abwehren”= 「防御して跳ね返す」
“absteigen”= 「降りる」
“abnehmen”= 「取り外す、減少する」
“abfangen”=「奪う、カットする」
”abbrechen”= 「中止する」
もちろん、ここに挙げた意味はほんのごく一部であり、他にもさまざまな組み合わせ、意味のパターンが存在する。もっと紹介したいところだが、きりが無くなるのでこの辺にする。要は分離前綴りの意味と基礎動詞の意味をおよそ把握していれば、分離動詞を覚えるのが容易になるという事である。
以前、ドイツ語の合成語を紹介した時にも指摘したが、この分離動詞が存在するために、おそらくドイツ語は丸暗記する単語が英語よりも劇的に少なくて済む。ある程度コツを掴めば芋づる式に理解、表現力を増やす事が可能になる。難しいようで、実はドイツ語を簡単にしてくれているルールの一つだ。
更にもう一つ重要だと思っているのが、これらの意味を日本語にするのではなく、自分の頭のなかで情景や画像をイメージする事である。これでいわゆる「ドイツ語の世界」が見えてくる。
因みに、同じような事は分離動詞に限ったことではなく、分離しない前綴りzer-, be-, ver-, er-などが頭に付く非分離動詞でも言える。しかし、zer-のようなほぼ「破壊」の意味をしかもたない前綴りはともかく、be- ,ver-などに関しては意味のパターンが多すぎるので、これらが接頭辞となる非分離動詞の意味の多くは暗記して覚える必要がある。この辺りは個人差があると思うので一概には言えないが、全てを論理的、体系的に覚える事は不可能だとは言っておく。
また、前綴りの中でも分離するパターンと分離しないパターンの両方を持つものがある。über-, durch-, unter-, um-などだ。これは少々厄介である。例えば以下のような動詞は分離動詞と非分離動詞の2つがある同形異義語になる。つまり綴りは同じでも、意味が異なる単語の事である。(分離するものには”|”を間に入れてある)
unter|stellen =「何かの下におく」
unter-stellen =「従属させる、言いがかりをつける」
über|sehen =「飽きる程しょっちゅう見る」
über-sehen =「何かを見渡す、見落とす」
um|fahren =「乗り物で何かにぶつかって倒す」
um-fahren =「何かの周りを乗り物で走る、迂回する」
durch|gehen =「目を通す、当選、合格する」など
durch-gehen = 「何かを通り抜ける」
分離するパターンに関しては分離前綴りにアクセントがあり、分離しないパターンについては基礎動詞にアクセントがあるので、その点を意識する必要がある。