旧東ドイツ、ザクセン州ポーランドとの国境沿いにゲルリッツという街がある。ちょっと僻地すぎてこの街を私は訪れた事はないのだが、第二次世界大戦の破壊から免れた風光明媚な街で、映画のロケーション地としても有名である。このゲルリッツが先週、ドイツ全土で注目を集める街になった。理由はここでの選挙で、右派ポピュリストAfDによる市長がドイツで初めて誕生する可能性があったからだ。
既に何度も紹介した通り、ザクセン州はドイツで最も右翼の活動が活発な地域であり、右派ポピュリスト政党AfDも非常に強い勢力を維持している。事前の予想ではAfDの候補者セバスティアン・ヴィッペルの圧倒的有利が囁かれていた。対抗馬はCDUのオクタヴィアン・ウルズゥである。
ヴィッペルは既にザクセン州議会議員でもあるが、ドイツ語で言う”Polizeikommissar”、大体日本語で言う「警部補」でみたいな感じになるだろう。まあ要は警官でもある。見るからに大柄で屈強な体躯をした人物で、ザクセン州議会では治安のエキスパートと言われる。ヴィッペルは例によって国境を閉じ、警察を増加して治安を強化すべきだと訴えた。確かにあの風貌でそれを言われれば説得力はある。
もっとも、ゲルリッツの犯罪率は過去最低のレベルにまでなっており、これも例によって民衆の不安を煽るAfD得意の戦法だと言えるだろう。
一方のウルズゥも既に州議会議員であるが、自身がルーマニア生まれの移民であり、音楽家でもある。ヴィッペルとは反対にゲルリッツは開かれた都市であるべきだと主張した。そのドイツ語はかなり上手い。ドイツ語を母国語としない人間としてはほぼ完璧なレベルに聞こえるが、若干のアクセントがある。
因みに、移民が市長になるなど日本ではにわかに想像しがたいだろうが、ドイツでは先日北の都市ロストックでデンマーク人が既に市長に選ばれている。こちらは初のドイツ国籍外の市長となった。EU圏内の人間であれば、市長選に出馬できるとのことだ。
話をゲルリッツに戻せば、AfDヴィッペルとCDUウルズゥ、あらゆる部分で全くの正反対の候補者が激突する形となった。この他にGrüne(緑の党)とDie Linke(左翼党)の候補者も出馬した。
そして、まず5月26日に行われた最初の投票ではAfDのヴィッペルが36,4%、CDUのウルズゥが30,3%、緑の党シューベルトが27,9%、そして左翼党のリューベックが5,5%となった。つまり誰も過半数の得票を得ることができず、結果は先週6月16日に行われた決戦投票に持ち込まれる事になった。ここでは過半数でなくとも、最も多くの得票を得た候補者が勝者となる。順当に行けば、ヴィッペルが勝利するところだ。
しかし、この決選投票を前にして物議を醸す事態になった。緑の党のシューベルトと左翼党のリューベックが出馬を辞退し、アンチAfD勢力として結託し、名指しこそしなかったがウルズゥへの投票を呼び掛けた。とりわけ緑の党シューベルトはウルズゥと最初の投票でほぼ同じ得票率を獲得しているのでその辞退は決定的だったと言えるだろう。
そして、この他党の強力なアシストを得たウルズゥは決選投票で55%の得票率を得てヴィッペルを破り、ドイツ初の右派ポピュリストによる市長誕生は阻まれることになった。
また、とある左翼党の政治家は人生で初めてCDUに投票せざるを得ない状況に陥り、その複雑な心境を吐露した。要は、日本で言えば共産党の政治家が自民党に投票するようなものである。AfDの市長誕生を阻む為とは言え、幾ら何でもやり過ぎだという声も大きい。
確かに、AfDのような過激かつ人種差別的な思想が根底に見え隠れする人物が市長になるよりはマシだったと言えるが、この状況はまさに分断されたドイツを象徴しているだろう。おそらく、9月に行われる州議会選挙でもAfD vs 既存の民主政党という構図になる。しかし、CDUと緑の党、左翼党が結託するような状況は、長くは続けることは出来ない。本来ならば、ザクセンでAfDとほぼ同じ勢力を維持する与党CDUの復活が求められるところだ。
しかし、党首であるクランプカレンバウアーはゲルリッツの市長選後、あたかも我が党が勝利したかのように喜びのツィートを行い、またもや批判を浴びる事態となった。言うまでもなく、CDU単独ではこの選挙はAfDに負けていた。緑の党、左翼党という普段はあり得ないサポートがあった為に勝利したに過ぎない。9月に行われるザクセンでの州議会選挙は、次期首相候補でもある彼女の運命を決する政治イベントになるだろうが、このままではお先真っ暗と言わざるを得ないだろう。