リベリーの黄金ステーキ事件にみる、スター選手の社会的影響力

現在ブンデスリーガはウィンターブレイクにつき試合は行われていない。FCバイエルンは例によってアラブ首長国連邦のドバイに滞在し、来週から始まっる後半戦に向けてトレーニングを行なっている。真冬のドイツからいきなり夏みたいなドバイでトレーニングなど逆に体調を崩すのではないかと思うのだが、それは我々一般人が知らないビジネス戦略や政治的な決定があるのだろう。

それはさておき、そのドバイでFCバイエルン発の世間の物議を醸す事件が勃発した。今回の中心人物はベテランのフランス人選手、フランク・リベリーである。

リベリーはドバイでの滞在中とある高級レストランに招待され、その様子をインスタグラムに投稿した。そこでは金の衣を纏った巨大なトマホークステーキがリベリーの前に横たわっている。そしてそのステーキをサングラスをかけたコックが、これ見よがしの鮮やかな手つきで切り、お膳立てするというものだ。この黄金ステーキはおよそ1200ユーロ(15万円)との事だ。

勿論リベリーにしてみれば、この動画を投稿したのはファンサービスの一環でもあるだろう。我々一般人がお目にかかれないような珍しく高級な料理を食せるのも、金持ちの特権でもある。リベリーはそのサッカーの才能と努力で世界トップクラスの選手にまでなった。その金を何に使い、何を食べようがそれは本人の自由だ。

しかし、そうは問屋が卸さない。当然の事ながらこのリベリーの黄金ステーキを批判する人間は多く存在する。とりわけ、リベリーの母国であるフランスからの批判が多かった。私はフランス語は理解できないので、具体的にどのような批判があったのかはわからないが、概ねどのような内容かは想像がつく。

まずは、世界にはろくな食事が取れない程貧しい人々が多くいるのに、金に纏われた高級ステーキのお膳立てをネットに載せて自慢げに見せびらかすのは如何なものかという点だろう。それを自覚していれば、有名人がこんなステーキを食べてもわざわざネットに載せたりはしない。

更に考えられるのは、このステーキの料理としての価値である。とあるドイツの有名なコックはこの黄金のステーキを贅沢ではなく”armselig” =「みすぼらしい」と言い放った。金は人体に害のあるものでは無いらしいが、味も香りもなく、食材としての意味はその価格に比せば無いに等しい。ましてや、単に肉の衣にしてピカピカにするだけなど、見た目に利用するにしても芸術性も無く、料理としてのレベルは低い。それが唯1200ユーロという金額だけで、高級料理だと世間に持て囃されるなら、それは正しい見方ではない。むしろ精神的に貧しい。

いずれにせよ、リベリーが世界に名を轟かせる有名人である以上、どんな内容だろうがこの黄金ステーキを批判する人間は存在する。そして、当然のことながら、その中には妬みや嫉妬、八つ当たりや、逆恨みをするようなレベルの低い批判も存在する。残念ながらそれらを完全に封じることなど不可能だ。

そして、リベリーはこれらの批判に対し、予告をしたのち満を持してツィッターで反論した。もちろん、反論すること自体は何の問題もないのだが、問題はその内容に音声ならば「ピー」音が入り、テキストならぼかしが入る、最低レベルの下劣な放送禁止用語が含まれていたことだ。この為にリベリーは更に痛烈な世間の批判に晒されることになった。一部はリベリーをFCバイエルンから追放すべきだと言うものまである。

総じて言えば、リベリーの黄金のステーキ自体は悪趣味だが、何を食べようが本人の自由である以上、それ程大きな問題にはならない。またリベリーが言うように、リベリーは贅沢をしているだけではなく、高額の寄付もしているのは間違いない。それを差し置いて黄金のステーキだけで非難を浴びるのは本来なら極めてアンフェアだ。

問題なのは、リベリーのその批判に対する処し方に加え、リベリーがサッカー界のスターであり、自らの行動に多大な社会的影響力がある事、世間一般から大きな反響がある事を明らかに自覚していない点だろう。インターネットが発達した昨今では、有名人の発言や行動はソーシャルメディアによりあっという間に世界に拡散する。

ドイツでは一般的にサッカー選手、特にスター選手にはいわゆる”Vorbildfunktion”と呼ばれる、訳せば「社会の手本としての役割」というものが存在する。つまり、ピッチを離れたプライベートでも皆の手本になるような行動、発言をしなければならないとされる。これは、社会的にそれなりの地位にある人間なら当然の事なのだが、サッカー選手が昨今このテーマで世間に物議を醸す事が特に多い。

つい最近はこれもFCバイエルンの選手であるコマンが、アウトバーンで猛スピードで事故を起こし車を大破させた。更には昨年のドイツ代表メスト・エジルの騒動も同様な事が言えるだろう。この件は政治的事情も絡んでおり非常に複雑な問題だが、これもエジルが自らの社会的影響力を自覚していれば、別の処し方があった。

選手にとっては面倒なことかもしれないが、スター選手はもはやサッカーだけ出来るエリートで良いと言う時代では無い。とりわけ、ソーシャルメディアの利用は細心の注意を払う必要があるだろう。不特定多数の人間に情報を拡散すれば、その解釈や受け止め方は千差万別で、その反応をコントロールする事など不可能だ。そして、一部のレベルの低い低俗な批判に対して、我を忘れて同じレベルで反応してはならない。問題はそれでより大きくなる。

そして、各選手だけでなく、チームにとってもこのテーマは当然難しいものになる。選手がプライベートを一部公開するのはファンサービスの一環でもあるし、本来そもそも選手のプライベートにまでチームが干渉すべきではない。かと言って、こう言った事件を完全に無関係だと放っておくわけにもいかない。世間はチームの責任も当然ながら問い正す。ドイツ代表はこの対応を完全に誤り、エジルが代表を引退するにまでに至った。

因みに、このリベリーの件に対してFCバイエルンはプライベートの件としてリベリーを擁護しながらも「リベリーはチームが受け入れられない、FCバイエルンの選手、社会の手本として決して使ってはならない言葉を利用した」として、リベリーに「高額の罰金」を課すと発表した。

そしてこれも罰金の額が不明な上に、リベリーのような超のつく金持ちにとって罰金などペナルティのうちに入らない。そういう訳で、この処置は甘すぎると例によってチームにも批判が飛ぶようになった。とりあえずリベリーは怪我の為後半の開幕戦は欠場するという顛末になっているが、事態を収束させるために暫くは表舞台に出さない方が得策だと判断した可能性はある。