欧米の言語、例えば英語ならば、所有や文の短縮を表す際にしばしばアポストロフィが使用される。ドイツ語でも稀に使用される事があるが、この間違ったアポストロフィの使用はしばしば”Deppenapostrophe”、つまり「馬鹿のアポストロフィ」と呼ばれて揶揄されているので紹介しておく。
まず、ドイツ語でアポストロフィが使用されるのは非常に稀で、使われるのは概ね以下のような場合に限定される。
まずは代名詞”Es”を短縮、省略を表す場合である。最も典型的なのが、”Wie geht es dir?”が”Wie geht’s dir?”に短縮されるパターンだろう。但し現在のルールではこれはアポストロフィなしでも構わない。つまり、”Wie gehts dir?”と書いても全く問題ない。同様に”Mach es gut”を”Machs gut”、”Sag es mir”も”Sags mir”とアポストロフィなしで短縮できる。
同様に”ein”、”eine”、”einen”が短縮される場合もアポストロフィが使用され得る。例えば、”Hast du einen Euro?”が”Haste ‘nen Euro?”などと話し言葉風になる場合である。ただ、この場合もアポストロフィは無くても構わない。
長い地名が短縮される場合にもアポストロフィが使用されるが、この場合は必須になる。例えばデュッセルドルフ”Düsseldorf”、メンヒェングラッドバッハ”Mönchengladbach”はそれぞれ、”D’dorf”や”M’gladbach”と短縮される。この場合はアポストロフィを外してはならない。
次にs,ss,x,z,tz,で終わる名前の所有格を表す場合である。ドイツ語の所有格は原則アポストロフィ無しで語尾に”s”を付けるが、HansとかAndreas、Maxと言う名前などに”s”をつけると非常に滑舌が悪くなるので、アポストロフィで代用しなければならない。つまり、所有格を使って「ハンスの母」などと言いたい場合、”Hanss Mutter”ではなく、”Hans’ Mutter”と記す。”Hanses” やHans’s”とも記さない。
また、自分の店などの看板に店名を書く場合は所有格の”s”の前にアポストロフィを設置する事が例外的に認められている。例えば「アネッテの美容院」と言う店があったとすると、通常なら”Anettes Friseursalon”となるが、店の看板には”Anette’s Friseursalon”と書いても構わない。この場合は同様に”Hans’s”や”Max’s”もOKとなる。
まあ、これらを正確に把握していないドイツ人も多いので、我々外国人が間違える事自体大した問題にはならない。しかし一般的に「馬鹿のアポストロフィ」と呼ばれて不快にさせるのが、以下のような場面でアポストロフィを使う事である。
まず、複数形を表す”s”にアポストロフィを付ける事である。例えば”Auto”「車」の複数形は”Autos”になるが、決して”Auto’s”とは書かない。同様に”DVD’s”や”Baby’s”、”Video’s”も使ってはならない馬鹿のアポストロフィになる。
そもそも、ドイツ語で複数形に”s”を取る単語は稀であり、ほぼ外来語に限定される。語尾に”s”が付いた場合は所有格を表す場合が殆どで、既に述べたように、その場合もアポストロフィは基本使用しない。
前置詞+代名詞の省略の場合で使用されるのも、馬鹿のアポストロフィの典型的な例とされる。例えば”fürs”、”ins”、”beim”、”unterm”などが、”für’s”、”in’s”、”bei’m”、”unter’m”などと誤って記された場合である。
更に、”morgens”、”abends”、montags”といった”s”で終わる単語が”morgen’s”、”abend’s”、”montag’s”などとアポストロフィが使用される誤りも多いらしく、これは数あるアポストロフィの間違いでも最悪の部類に入るとされる。
このようなアポストロフィの間違いが多いのはおそらく、近隣の欧米言語においてアポストロフィが頻繁に使用される事に因ると思われる。事実ウィキペディアによると1000文当たりにあるアポストロフィの数はフランス語が約1100個、イタリア語が660個、英語が55個に対し、ドイツ語は「幾つか」となっており、少ない事を窺わせる。
まあ、私にとってドイツ語は外国語なので他人のドイツ語が間違っているかなど、実際には全くと言って良い程気にならない。ただ、正しくない、とりわけ外国語かぶれした母国語が忌み嫌われるのは何処でも同じである。最近は日本語もやたらと横文字を積極的に使っているようだが、あまり好ましい傾向とは言えないだろう。個人的にも気をつけたいと思っている。