先の日曜日には5年に1度行われる、注目の欧州議会選挙のドイツでの投票が実施された。欧州各国で政治の右傾化が進んでいると言われており、実際にフランスやイタリアは右派ポピュリスト系の政党が最大勢力となったが、欧州全体ではひとまず既存の中道政党が最大勢力に留まった。ドイツも最近の情勢を反映した無難な結果になったと言える。
CDU/CSU : 28,9% (-8,4)
SPD : 15,8% (-11,5)
Grüne : 20,5% (+ 9,8)
Linke : 5,5% (-1,9)
AfD : 11,0% (3,9)
まず今回の欧州議会選挙で非常にポジティブな点を挙げるとすれば、少なくともドイツでは投票率がおよそ61%と高かったことだろう。伝統的に欧州議会選挙は投票率が非常に低く前回は48%にまで落ち込んだ。この状態で良い結果を出すためには、何においても支持者を投票所に向かわせることが重要になる。
つまり、こうなると単純なスローガンで大衆を動員する事に長けたAfDのようなポピュリスト政党が有利になると予想されるが、まあ、少なくともドイツでそのような状態になるのは避けられた。
そのAfDはドイツ全体で11%の得票率で一時の勢いは失っている事を窺わせる。とはいえ、ザクセン、ブランデンブルグではCDU/CSUを抑えて最大の得票率を獲得した。相変わらず旧東ドイツでは非常に強力な勢力であり、今年行われる両州議会選挙で既存の民主主義政党の苦戦は免れないだろう。
最大の勝利者は今回もGrüne(緑の党)だ。昨今のドイツ政治における最大のテーマは難民問題から完全に環境問題にシフトチェンジした。今回予想通り得票率を落としたCDU党首クランプカレンバウアーも環境問題のテーマで後れを取った事が自らの失策であったことを認めた。
しかし、クランプカレンバウアーはこれを上回る絶望的な失策をこの選挙後に犯すことになる。
実はこの欧州議会選挙、投票日のおよそ一週間前に世間に極めて物議を醸す動画がYouTubeで公開された。これはRezoと呼ばれるいわゆるYouTuber(ユーチューバー、YouTubeで自らの動画を公開することで収入を得ている人物)によるもので、タイトルは”Zerstörung der CDU”=「CDUの破壊」である。
この動画はおよそ1時間に渡るもので、RezoはこれまでのCDU/CSUによる政治を痛烈に批判した。簡単に言えば、経済、教育、環境、外交などのテーマに関してCDU/CSUは全くのド素人同然の政治を行い、若い世代にツケを回してきたと言うものだ。そして最後に欧州議会選挙においてCDU/CSU, SPD, AfDには投票するべきではないと締めくくっている。
注目すべきはRezoはこれらの主張をグラフやデータを示しながら論証したことだ。Rezoは26歳、ラフな服装に髪の毛を青く染め、一見すると全く政治というテーマとはかけ離れた外見である。しかし、その堅苦しくないバラエティー感覚の語り口が好評を得たのか、その動画は瞬く間に広まり現在視聴回数はおよそ13,000,000にまで達している。当然、選挙直前にこのような動画を拡散されたCDU/CSUは面白くない。
この状況に対し党首であるクランプカレンバウアーは選挙後に噛み付いた。ここで彼女は今回のような選挙直前にネット上でのネガティブキャンペーンについてルールを設けるべきだとし、議論を誘発した。もっと言えば、今回のRezoのようなビデオはいわゆる「世論操作」だとし、選挙直前は規制すべきだと主張した。
そして当然、このクランカレンバウアーの発言は「言論の自由」を否定するものとして大いに問題視されている。勿論、彼女は言論の自由を否定する意図などなく、「議論しなければならないのは選挙戦におけるルール」と反論したが、結果としてそれで自由な議論が阻害されるのは間違いなく、言い訳としては相当苦しい。これで自らの立場を更に悪くした。
本来、このような批判に対して適切な反論を行い、有権者を納得させるのがプロの政治家だ。インターネットの発達によってこれは極めて難しくなっているのは事実かも知れないが、誰であろうと自由に意見は述べられる社会でなければならない。そしてそれは如何なるメディアであろうとドイツの基本法で守られている。Rezoの批判も単なるCDUに対する誹謗中傷ではない。十分かどうかは別にして、事例を示しながら問題点を指摘しているものだ。
何れにしても、クランプカレンバウアーはRezoのビデオに対する対応を完全に誤り、四面楚歌の状況に陥った。彼女は既に今期限りで首相の座から降りる事が確定しているメルケルの後釜の最有力候補であるが、今回の失策はこれを危うくする極めて致命的なものになる。秋に行われる旧東ドイツ3州の選挙でCDUがAfDに惨敗するような事があれば、唯さえ首の皮一枚の僅差でCDU党首の座に就いたクランプカレンバウアーの辞任は決定的になるだろう。