今年のドイツ政治における国民最大の関心事は言うまでもなく、9月に行われる連邦議会選挙および、メルケルの後を継ぐドイツの新首相が誰になるかと言う点である。可能性としてはここ数年で躍進が著しい緑の党から首相が誕生する可能性もあるが、やはり順当に行けばCDU/CSU連合が擁立する首相候補が最有力と言えるだろう。つまりCDU党首アルミン・ラシェットかCSU党首マルクス・ゼーダーのいずれかになる。
そしてこの2人のうち、どちらが正式に首相候補として擁立されるかと言う話であるが、これは選挙などではなく話し合いで決まる事になっている。そして当初の予定では先週の月曜日には決定する筈だったのだが、ここにきて決定は極めて難航している。
本来ならば、順当に行けば、このドイツ新首相の椅子はCDU党首であるアルミン・ラシェットだ。理由は単純である。CDUとCSU、どちらが大きいかと言えばCDUの方が圧倒的に大きいからだ。CSUはCDUの姉妹政党であり、バイエルン州のみで活動している。どちらの党首が格上かと言えば、もちろんそれ以外のドイツ全土で活動するCDUだ。
しかし、問題はCDU党首であるラシェットの国民からの支持が著しく低い点にある。ラシェットは現在ドイツ最大の州であるノルトライン・ヴェストファーレン州の首相でもあるが、特に新型コロナ対策の優柔不断な対応が仇となり国民からの評価を落とした。先のバーデン・ヴュルテンベルク、ラインランド・プファルツの選挙でもCDUは惨敗し、これも追い討ちをかけた。
一方のバイエルン州首相であるゼーダーは本来ならば格下ながら新型コロナ禍で断固とした素早い決断、国民の命と安全を最優先させると言う明快なメッセージを出し続けた。国民から圧倒的な支持を集めており、その手腕は高く評価されている。
にも関わらず、ゼーダーは頑なに「自分の居場所はバイエルン」と言い続け、ドイツ新首相への野心を否定し続けてきた。当然だろう、格下なのに格上を差し置いて野望を表明すれば、誰かに足を引っ張られる事はわかりきっているからだ。
しかし、ゼーダーは先週この国民からの高い支持を理由に、先週遂にこれまでの発言を覆しドイツの新首相候補としての意欲がある事を表明した。もちろん、ゼーダーのこの野望の表明は当然ながら一部のCDU議員の猛反発を買っており、この争いから退くよう要請された模様だが、ゼーダーは一歩も引く姿勢を見せていない。
いずれにしても、これでラシェットvsゼーダー、ドイツ新首相の椅子をかけた権力闘争が遂に公となり、連日この進捗がトップニュースで報じられている。そしてこの首相候補がどちらになるか決定すべく、CDU/CSU連合はラシェット派とゼーダー派の真っ二つに別れた。
またラシェットとゼーダー、この両者はその政治スタイルが全く異なる事が知られている。
ラシェットはいわゆる調整型のリーダーで、多くの異なる政治勢力を取り込み、一つに纏める手腕に非常に長けているとされる。多くの意見を取り入れ妥協しするスタイルはメルケルに近い。外見も如何にも穏やかな好好爺といった印象で、私はいつも日本のタレント愛川欽也を思い出してしまう。一方で決断は遅くなりがちで、これが今回の新型コロナ対策で国民からの評価を落とした最大の理由だろう。優柔不断なイメージが付き纏い、どうもカリスマ性にも欠ける。
一方のゼーダーは私の印象では強権型のリーダーである。これは如何にも強面な外見から来るイメージもあるかもしれないが、いずれにしてもゼーダーの決断は常に早い。今回の新型コロナ対策では他州に先駆けて強硬な措置を次々と打ち出し、そのメッセージも極めて明快だった。一方で、協調性という点に欠けると言われており、強力な個人プレーヤーの感がある。バイエルンでは可能でも、ドイツ全土でそれが可能か、この点でラシェットの方が計算できる。
どちらが一体ドイツの新首相候補として擁立されるのか、全く予断は許さない。私が思うにラシェットは見るからに過小評価されやすいタイプであり、国民の支持率の割には案外党内の評価は高いのではないか。たまたまコロナ禍のような危機的状況ではラシェットのようなタイプは裏目に出たが、平常時にはその卓越した調整力はより必要になると思っている。
しかし、首相候補をゼーダーにした方が、CDU/CSUが9月の連邦議会選挙に勝つ確率は圧倒的に高い事は確かだ。ここで緑の党に敗北してしまえば元も子もないので、CDU議員がゼーダーの味方をするとすれば、この高い国民の支持率が最大の理由になる。民主主義である以上、国民の支持が決定的な要因となる故、私は最終的にはゼーダーが首相候補として擁立されるのではないかと思っている。決まれば、ドイツの新首相の事実上決定されたと言っても過言ではない、重要なニュースになる。