ドイツサッカーで最も偉大なストライカーは議論の余地なくゲルト・ミュラーであるが、私から言わせれば、ミロスラフ・クローゼはこのゲルト・ミュラーに次いでドイツで最も偉大なストライカーだ。
当初は決してずば抜けたサッカーの技術、才能のある選手には見えなかったが、このような周囲の低評価を自らの知力と努力で覆し、最終的にはドイツ代表137キャップ71得点、更にはW杯通算得点記録1位という金字塔を打ち立てた。目立たないながら、その地道な努力で頂点に立った選手として非常に思い入れのある選手でもある。
ではクローゼの何が素晴らしかったかと言えば、答えるのも非常に難しい。確かに全盛期は高い得点力を誇ったが、年齢とともにそのプレースタイルは大きく変遷し、特にベテランとなってからは目立たない、目に見えない部分での非常にチームへの貢献度が高かった選手だからだ。
デビュー時は驚異的なジャンプ力によるヘディングが武器で、2002年W杯ではグループリーグで5得点を上げ、その全てがヘディングからだった。しかし、当時はヘディング「だけ」の選手で、それ以外の技術は凡庸と言えるものだった。
全盛期はちょうど2006年のドイツW杯の頃だろう。この頃は完全にヘディングだけの選手からは脱皮し、地上戦でも得点できるドイツNr.1のFWに成長した。もともと高かった身体能力を活かして相手を競り合いから振り切って得点するシーンも更に増えるようになる。
特にW杯準々決勝、アルゼンチン戦での同点ゴールはドイツサッカー史でも非常に重要なゴールとして記憶に残るものだ。敗色濃厚な81分、それまで完全に抑え込まれていたクローゼは一瞬の隙を突いてDFソリンの裏に飛び込み得意のヘディングを決めた。ドイツが長い低迷期を抜け出し再び強豪国への復活の狼煙をあげたゴールだ。クローゼが遂に世界レベルのストライカーと認知された瞬間でもある。
もっとも、当時のクローゼのゴールは身体能力に依存した形が多く、テクニックが高い訳でも、シュートの精度が特別高い訳でもなかった。あくまでストライカーとしての技術、才能なら、ほどなく台頭してきたマリオ・ゴメスのほうがクローゼを遥かに凌駕していただろう。事実その2008年以降はFCバイエルンでクローゼはゴメスにスタメンを奪われ、私もここでクローゼは終わった選手だと認識しつつあった。
しかし、特筆すべきなのは、クローゼはこの32歳から新境地を開拓することに成功した事だ。2010年W杯、監督のヨアヒム・レーヴはクラブでスタメンのゴメスをベンチに座らせ、クローゼをスタメンに起用すると言う驚きの決断を下す。
そして4-2-3-1システムのワントップとして出場したクローゼは、大会を通じて4得点を上げただけでなく、自らが得点するよりも、巧みな動きで2列目の選手にスペースを作るという黒子としての役割でチームに貢献した。得点はあくまでゴール正面から押し込むだけのパターンに特化しつあり、ここでクローゼは32歳にして新境地を開拓している事を世界のファンに見せた。
更に余り言及されないが、クローゼはFWとして屈指の守備力を誇り、何度も前線から中盤に戻りボールを奪取した。2列目がエジル、ポドルスキと言った守備力の低い選手だった為、この守備力はチームにとって大きかったと言える。
その後2011年には出場機会に恵まれないFCバイエルンを去り、イタリアのラツィオに移籍すると、再び出場機会を得たクローゼは2016年まで合計139試合で54得点を記録した。これはこれまでドイツに在籍したどのクラブよりも充実した数字である。この頃のクローゼは、もともと巧いとは言えなかったシュートの精度を格段にあげており、GKの動きを見ながら冷静にゴールへ流し込むパターンの得点を量産した。
そしてドイツ代表としてもEURO2012に出場、更に36歳にして2014年のW杯にもチーム唯一のFWとして決勝Tから全試合スタメン起用された。知っての通り、この大会で2得点を上げたクローゼは遂にロナウドの持つW杯最多得点の記録を塗り替えるまで至っている。ドイツ代表にデビューしてから13年、目も当てられないような低迷期からスタートしたクローゼはチームとしてもこのW杯を制し、遂に頂点に立った。
このクローゼがここまでの選手になるとは、デビュー当初は誰も想像していなかっただろう。ヘディングだけのワンパターンから、アシスト能力にも長けたドイツNr1のアタッカーに成長し、ベテランとなると戦術的な視野、動きに磨きをかけて新境地を開拓する事に成功した。そしてこのFWとして屈指の戦術理解度、周囲を活かす事に長けた能力がクローゼを特別なプレーヤーにしている所以であろう。
また、クローゼは謙虚な性格とフェアプレーで知られており、全くと言って良い程ピッチ外の醜聞に巻き込まれる事もなかった事も指摘しておきたい。チームの規律を乱すことがないのはもちろん、おそらくチーム内での権力闘争といった類のものとは無縁の選手だった。そのフェアプレーを代表するエピソードとして、自らハンドを申告しゴールを取り消されたというものがある。これは決して計算されたパフォーマンスなどではなく、クローゼの正直さこれ以上無くを示しているだろう。
更にサッカーにおいてストライカーはエゴイストである事が必要だと言われるが、クローゼはその真逆を地で行く選手であったと言える。事実、サッカー界で成功するために、まず性格を変えるべきだという助言をクローゼは若い頃多く受けたとの事だ。クローゼも当初はそのようにトライしたそうだが、結局自分には合わないとして自らのスタイルに留まったそうだ。おそらく、それ故にクローゼは長い間地味な存在であり、周囲から過小評価されていた面もあるかもしれない。
しかし、今となってはこのクローゼの謙虚さ、実直さ、誠実な人間性こそが大きな強みであると言う評価はドイツで定着している。そうでなければ、クローゼよりも才能のある多くのサッカー選手が次々と引退していく中で、これ程までに長い期間世界トップのチームに必要とされる事はなかっただろう。ドイツ代表監督のヨアヒム・レーヴはクローゼの最大の強みはその知性であるとし、クローゼほど地に足のついた、謙虚で信頼できるサッカー選手は知らないと述べている。