現在FCバルセロナ正GKであり、ドイツ代表のテア・シュテーゲンは現在世界でも屈指のGKと言われるまでに成長した。しかし、知っての通り、ドイツ代表の正GKはマヌエル・ノイアーだ。ノイアーは常に世界トップのGKを輩出してきたドイツでも歴代最高とも言える超人的な実力を兼ね備え、2010年以来ドイツのゴールマウスを守ってきた。
ところが最近のDAZNのインタビューにおいて、Nr.2であるテア・シュテーゲンは自らがノイアーに代わってドイツの正GKを奪い取る意思を明確にして話題になっている。
もちろん本来なら、自らが試合に出たいのはプロとして当たり前の話でもある。また、テア・シュテーゲンによるとこの発言は「既に言った事がある」とも述べており、おそらく初めてではない。これまでの状況であれば、特に世間に波風が立つような発言ではなかった。
また、テア・シュテーゲンとノイアーのどちらが正GKになるかは、既に昨年のロシアW杯の直前にも話題になった。ただし、この時ノイアーは負傷のため長期離脱中であり、テア・シュテーゲンはあくまで最高に優秀な「代役」としての扱いだったので、同じ条件での比較ではなかった。あくまでノイアーがNr.1と言うのが前提の話だった。
この時は最終的に監督のレーヴは負傷明けで試合勘に不安が囁かれるノイアーを直前に正GKとして本大会に招集した。その信頼の厚さとノイアーのキャプテンとしての存在感の大きさ、そしてドイツの正GKはあくまでもノイアーである事が再確認されたと言える。詰まるところ、ノイアーはあまりにも偉大で、アンタッチャブルだったのだ。
しかし、この両者の実力は今や甲乙つけ難いものになりつつある。テア・シュテーゲンがFCバルセロナと言う世界トップクラスのクラブで安定したパフォーマンスを見せ、もはや世界屈指のGKとして認知されつつある一方で、やや衰えも見えるノイアーは以前のような人間離れした無双のGKではなくなってきた。依然としてその実力、経験は疑いの余地が無いものの、最近は怪我で離脱する事も多い。
更にこのインタビューの後に行われたレアル・マドリードとの国王杯準決勝で、テア・シュテーゲンは圧巻のパフォーマンスを見せてその株を更に上げた。通常ドイツは日本とは異なり、国外のリーグで活躍する選手がメディアに取り上げられる事は少ない。ポジションがGKともなれば尚更だろう。その中でテア・シュテーゲンのパフォーマンスはドイツ、スペイン両国で絶賛された。
つまり、長年アンタッチャブルだったドイツ正GKの座も遂に下克上が話題になる状況にまでなってきた事は確かだ。このテア・シュテーゲンの発言が注目されるのはそのような背景がある。実際に元ドイツ代表GKのオリバー・カーンも、あくまでテア・シュテーゲンが挑戦者であるとしながらも、実力的にはもはやテア・シュテーゲンもノイアーと遜色ないレベルに達しており、もはやノイアーの正GKの座は安泰では無い旨の発言をしている。
遡れば、私がテア・シュテーゲンを初めて見たのは確か2013年のアメリカとの試合だった。当時21歳だったテア・シュテーゲンは味方の緩いバックパスを処理し損ねてオウンゴールを許すという前代未聞のミスを犯し、この試合で4失点を許した。この時、誰もがテア・シュテーゲンの代表のキャリアは終わったと思った筈だ。若いとは言えドイツには優秀なGKは掃いて捨てるほどいる。
それが今やどうだ。テア・シュテーゲンは世界最強のクラブの一つであるFCバルセロナで見事に適応し、自らの実力を証明する事に成功した。そして現在ではあのノイアーの脅かす存在にまでなった。若くしてFCバルセロナに移籍する事は一つの賭けでもあった筈だが、本当に脱帽と言う他ない。
注目されるのは今後の展開だが、それでも現実的に見ればEURO2020はノイアーがまだドイツの正GKである確率が高い。キャプテンという精神的な支柱と言う事に加え、おそらくドイツ代表の守備陣もクラブの同僚であるフンメルス、ズューレ、キミッヒと言ったFCバイエルン勢によるブロックを形成する可能性が高いので連携面でも有利だ。
忘れてはならないのは、ノイアーはドイツ代表において長いスパンで途轍もなく高いレベルのパフォーマンスを見せてきた事だ。仮に一度や二度のミスがあったとしても、それはノイアーを外す理由として十分ではない。ノイアーの座が最も危うくなるとすれば、それは今年のEURO2020予選でドイツ代表が苦しみ監督のレーヴが更迭される状況になった場合だろう。そして、これは決してあり得ない話ではない。
いずれにしてもドイツには現在、再び世界最高のGKが2人存在する状況になった。ノイアーの前にはオリバー・カーンとイェンス・レーマンという偉大なGKが凌ぎを削り一時代を築いた。その後正GKの座を射止めたのはノイアーと同世代のレネ・アドラーだったが、アドラーは2010年のW杯直前に肋骨を負傷した為に、ノイアーが繰り上がり正GKになった。本来ならここでもノイアーとアドラーがライバルとして凌ぎを削っている筈だった。
テア・シュテーゲンも同世代にベルント・レノというライバルが存在したが、ここでテア・シュテーゲンは頭一つ抜けだしノイアーへの挑戦権を得た。ドイツのGK争いは常に熾烈で、レベルが高い。
ノイアーは今年で33歳になるが、GKとしては決して老け込むような年ではない。あの2002年W杯でスーパーセーブを連発したカーンも当時33歳だった。一方テア・シュテーゲンは現在26歳だ。まだ若く、決して焦るような年齢ではない。今のままのパフォーマンスを続けていれば、遅かれ早かれ正GKとしてドイツ代表のゴールマウスを守る時がやって来るだろう。