毎年12月にドイツは”Das Wort des Jahres”=「その年を象徴する言葉」が選定され、2018年は”Heißzeit”が選ばれた。これに加えてドイツでは更に”Unwort des Jahres”、すなわち「その年で最も醜悪な言葉」が別に選定される。これが先日発表された。
“Unwort”とは一般的に醜悪かつ、人々にとって望ましくない言葉だが、ここでは特に人間の尊厳や民主主義に反する概念、社会の特定の層を差別したり、婉曲的かつ誤解を招く言葉が審査員により選定される。2018年はAnti-Abschieb-Industrieが選ばれた。これは、CSU議員アレクサンダー・ドブリントによる発言である。
ドブリントは前期は交通相を務め、現在は連邦議会におけるCSU議員の団長であり、知名度も高いかなりの実力者と言える。数年前から流行っている大きめの淵の丸い眼鏡をかけており、一見すると物腰柔らかそうな人物に見えるが、かなり右寄りかつ好戦的な発言で物議を醸すことの多い人物でもある。
そして、このドブリントの言葉の意味を解説すると、まず”Anti”とは、文字通り反対を意味する「アンチ」である。”Abschieb”とは動詞”abschieben”から来ており、ここでは特に国内に滞在する外国人を母国或いは別の第三国へ強制送還することを意味する。”Industrie”とは英語の”Industry”と同じで直訳すれば「産業」の意であるが、ここでは転じて「それで金を儲けようとしている団体や人々」を意味している。
つまり、”Anti-Abschieb-Industrie”とは、自らの利益の為に、本来実行されるべき外国人の母国への強制送還を妨害する団体や人々が存在することを暗に示唆した発言である。
この発言の背景には、言うまでもなく国内に滞在する多くの難民を装って入国してきた不正入国者、或いは犯罪者と化した外国人の存在がある。これらの外国人は当然国外に追放したいところだ。
しかし、送還が決まっても、その多くはこの決定を訴訟して結局ドイツに長期間滞在する事になり、更にその結果テロを実行したなどという例もある。これは当然ながら大きな問題であり、誰もがこのような状況には不満を持っている。
ドブリントは、このような訴訟行為によって外国人の送還を不可能にすることは、法治国家に対する妨害工作であるとし、国内の治安悪化を助長しているとして受け入れられないと述べた。そして、そのような訴訟を実行したり、その手助けしている人々を”Anti-Abschieb-Industrie”という言葉を使い非難した訳である。AfDの支持者が聞けば大喜びしそうな発言だ。
しかし、このドブリントの発言は当然ながら根も葉もない邪推であるとされ逆に強い非難を浴びた。当然だろう。強制送還の決定に対して訴訟をすることは法的に認められており、名前も実力もある政治家がこの行為を公に法治国家に対する妨害工作などと発言すれば、その品性が疑われる。
また、外国人の送還は人道問題なので綿密に調査されなければならない上に、個別に行わなければならないので、当然その判決がでるまで相当時間がかかる。実際に生き延びる為に亡命してきた人間を、間違って死地に送りかえすことはできない。
おそらくドブリントはこの発言でAfDに奪われた支持を奪回する意図があったと思われるが、知っての通りCSUはバイエルンの州議会選挙で惨敗した。党首のゼーホーファーに至っては69歳の誕生日に69人の外国人を強制送還したと喜ばしく語り、こちらも痛烈な非難を浴びた。
もっとも、だからと言ってこれで国内の治安が悪化し、国民が犯罪に巻き込まれるような事態を放置してはならない。この凶悪な外国人の送還を正しく速やかに行えるルール、システムを作ることは、現在極めて重要な政治テーマでもある。
因みに、”Anti-Abschieb-Industrie”の他にも「その年の醜悪な言葉」 に多く提案された言葉として、”Asyltourismus”=「難民ツーリズム」と”Vogelschiss”=「鳥の糞」が挙げられていた。
まず”Asyltourismus”はつい先日新たなCSUの党首になったマルクス・ゼーダーが発した言葉である。この言葉は前党首のゼーホーファーも使用し、かなり我々一般人の耳にも入ってきた。しかし、当然この難民が観光旅行に来ているかのような誤解を招く言葉は当然痛烈な非難を浴びた。
“Vogelschiss”はAfDの党首の一人、アレクサンダー・ガウランドが発した言葉だ。ガウランドは1000年のドイツの歴史ではヒトラーやナチスは”Vogelschiss”=「鳥の糞」に過ぎないと発言し問題視された。
こうして見ると、やはり右寄りかつポピュリズム的な言葉が増えているのだろうが、言葉は周りの人々の考え方にも大きな影響を及ぼす。これらの大物政治家がうっかり口にしてしまった誤解を招く醜悪な言葉は、まさに現在の不穏な世相を反映していると言えるだろう。