厳密な説明はさておき、ドイツ語で日本語の「あなた」にあたる言葉はDuとSieの二種類がある。基本的には親しいもの同士はDu、距離のある他人同士はSie。これはドイツ語学習者にとって初歩中の初歩だが、実際の生活におけるこのDuとSieの使い分けはなかなか難しい。この使い分けについてはドイツ語利用者のなかでも基準に相当な差異が見られる。
私が日本では最初にドイツ語を習った時はたしか以下のように教った。まずはSieで始まり、親しくなったらDuに変えようという提案が持ちかけられ、それを受け入れた場合Duになる。これは普通は年上の方から提案される。初対面の人には基本的にSieを使えば間違いない、と言うものだ。この利用基準は一般的に礼儀作法を重んじる日本人が最も納得し得るものだと思われる。
実際に私も普段の生活では相手が子供でない限りSieを使う。ただし友人関係を前提とした出会いであるならば、初対面でもDuで会話が進む。場面や雰囲気などにもよるところもあるが、私の感覚から言えばここで丁寧にSieを使って気を遣わせるよりは、Duを使うのが普通である。
一方、仕事生活におけるDuとSieの使い分けはやや複雑である。というのも、会社などでは一般的にまずSieを皆使っていると思いきや、Duを使うことをルール化している会社も結構多い。例えばイケアなんかは広告などでお客をDu呼んでいるし、社内でも皆がDuで呼び合っているそうだ。イケアの場合はあくまでスウェーデンのスタイルに合わせたものらしいが、このスタイルはドイツでも最近流行りである。
その理由は親しみのあるDuを使うことによって、組織の中でリラックスした雰囲気とフラットな人間関係が構築されるからであり、厳しい上下関係でギスギスした緊張感のある関係よりもそちらの方が各々の力が発揮され、組織としての成果が出やすいという考え方からだ。しかし、当然このやり方が皆に合う訳ではない。Duを使う事によって失礼だと感じる人間はそれ相応に多く、イケアもお客と直接話すときはさすがにSieを使う。
また、基本的にDuで呼ばれたら、Duで返して全く問題ないとは言え、それは仕事の世界では友達という事を意味していない。上司は上司、部下は部下、客は客である。Duを使うことで組織上必要なヒエラルヒーが蔑ろにされるリスクも当然ある。かといっていつまで経ってもSieのままだと相手と同目線のコミュニケーションをとるこは結構難しかったりするので、ドイツ人自身もかなり悩むテーマのようだ。ネットで検索したら結構な数がヒットする。
このDuとSieの呼び方で相手との人間関係の距離を前もって決めておくというのは、多くの事をルール化したい典型的なドイツ人の気質であり、文化でもあると思う。そして、このDuとSieに関して言えば、正直私は長年住んでいてもこのやり方にさっぱり馴染めないので、私は基本的に自分からDuを提案することはないし、相手からDuで呼ばれて初めてDuで返すようにしている。その人自身のキャラクターにもよるが、私の場合は、やっぱりいきなりDuを持ち掛けて相手に失礼だと思われるよりは、そちらの方がリスクが少ないと思うからだ。