ドイツが強豪へ復活の狼煙を上げた、2006年W杯8強アルゼンチン戦

私が見たドイツ代表の試合の中で最も印象に残っているものを挙げるとすれば、迷う事なくこのドイツW杯準々決勝のアルゼンチン戦を挙げる。この試合は、ドイツが長い低迷期から抜けだし、遂に再び世界の強豪国の仲間入りを果たした試合として、私の記憶に強く残っているからだ。

当時ドイツは1990年代終盤から続く低迷期から抜け出せておらず、自国W杯優勝という国家的プロジェクトを前にしながら、前評判は決して高くはなかった。それでも、この準決勝までは地の利を最大限に活かして快進撃を続け、特にベスト16のスウェーデン戦は過去10年間で最高と言って良いほどのパフォーマンスを見せた。チームの雰囲気は最高で、確かに勢いには乗っている。

しかし、準々決勝で対戦するアルゼンチンは当代屈指のゲームメーカーである「恐竜」リケルメを中心に各ポジションに世界屈指の選手を揃え、地力では明らかにドイツを上回る。それだけでなく、ドイツは6年間世界の強豪国を相手に勝利していない。地元開催で国民の期待を背負う中、この試合はこれまでとは全く異なる緊張感の中で開始された。

試合が始まるとまずは両者とも相手をリスペクトし、守備を重視した立ち上がりから入る。中盤で激しい攻防が繰り広げられ、試合は頻繁にファウルでストップし、お互い全くといって良いほどゴール前へボールを運ぶことさえできない。試合開始から両者ともややエキサイトする場面も見られ、ポドルスキは開始早々イエローカードを貰う。試合は始まって早々に極度の戦術戦、神経戦の様相を呈してきた。

その中でもアルゼンチンは個々の技術を活かしてボールを細かく動かそうと試み、一方のドイツはボールを奪ったら素早くバイタルエリアに直線的に攻める意図が見られる。攻撃におけるアルゼンチンのキーマンはリケルメ、ドイツはバラックだ。

リケルメはその「恐竜」の名の通り、自らのポジションから殆ど動かず、フリングスが徹底的にマークして全くと言って良いほど自由にプレーさせない。一方のバラックも守備に奔走し思うように前線へ顔を出すことができない。サイドでは右のフリードリッヒはテベスと激しい攻防を繰り広げ、やや静かな逆サイドはラームとマキシ・ロドリゲスが睨みあった。

膠着状態の中、この試合最初のチャンスを得たのはドイツだ。中盤高い位置でシュヴァインシュタイガーがボールを奪い、バイタルエリアやや右のシュナイダーへ繋ぐ。ここからゴール前に走りこんだバラックに最高のタイミングでクロスが入り、ゴール右隅に狙いすましたヘディングシュートを放った。これはまさにドイツの十八番と呼べるパターンだったが、ややコースを狙いすぎたのか僅かに外れた。

この後再び中盤の組み立て段階で激しい攻防が繰り広げらるが、徐々にアルゼンチンがボールを保持する時間が長くなっていき、プレーエリアはドイツのゴール前に近づいて行く。

ドイツは必至の守備でアルゼンチンにチャンスを与えないが、どう見ても守備をするだけで精一杯だ。ドイツサイドとしては何とか前半を0-0で切り抜けたいという試合展開になってきた。スタンドで観戦する首相メルケルの不安そうな表情がすべてを物語っている。異様な緊張感の中前半は0-0のまま終了、一つの僅かなミスが勝敗を分けそうな緊迫した展開である。しかし、後半開始早々試合は動く。

49分右サイドでコーナーキックを得たアルゼンチンは、リケルメのキックからアジャラがヘディングシュートを叩き込み先制した。それまでコーナーキックではニアに低いボールを入れていたアルゼンチンだが、今回リケルメがはオーソドックスに中央にボールを入れてきた。

その精度もさることながら、アジャラは僅かに対応が遅れたクローゼを振り切り、驚異的なジャンプ力で態勢を崩しながらも完璧な勢い、コースにボールを叩きこんだ。177㎝の身長ながらその跳躍力とヘディングの技術はもはや脱帽するしかない。これでドイツはこの大会初めてリードされた状態で試合を進める事態となった。

地力で劣るドイツはこの状況で非常に苦しい展開が予想されたが、ここからアルゼンチン選手の運動量が急速に落ち、同点に追いつきたいドイツが攻め込む場面が増えてきた。中盤の攻防が減り試合は前半とは打って変わってオープンな展開に変化していく。

しかし、ドイツは攻め込むものの決定的なチャンスを作ることができない。ドイツは両サイドを深くえぐり、ヘディングの強いバラック、クローゼにボールを入れたいところだが、依然としてサイドの攻防で劣勢を強いられている。中央からの偶然要素に頼ったミドルシュートやセットプレーからでしか得点の雰囲気は出てこない。

これを見てドイツ監督クリンスマンは両サイドの攻撃的な位置のシュナイダー、シュヴァインシュタイガーに替えて、ボロウスキ、オドンコールを投入した。ボロウスキはその能力から言えばミニ・バラックと言える長身のセントラルMF、オドンコールはサイドを切り裂くスピードスターである。