突如降って湧き出てきたドイツ代表の正GK論争

今年のロシアW杯においてドイツ代表は優勝候補の筆頭とも見られており、その理由の一つにはその選手層の厚さが挙げられる。昨年のコンフェデ杯においてBチームで優勝したドイツは戦力の底上げに成功し、各ポジションは過去に無いほどの激しい競争が繰り広げられている。監督のレーヴも昨年「ロシア行きのチケットは誰一人として確約されていない」と発言し、チーム内の競争を促した。

但しその中で唯一完全にアンタッチャブルだと思われたのがマヌエル・ノイアーが君臨するGKのポジションである。このレーヴの発言の時点ではノイアーは既に怪我をしていたので、この発言はノイアーにとっても単なる社交辞令でないことは確かだろう。とはいえノイアーのGKとしての実力は余りにも突出しており、怪我から復帰さえすれば彼が正GKに選ばれることは誰もが信じて疑わなかった。しかし、その状況が変わりつつある。

本来1月中になるはずだったノイアーの復帰は大幅にずれ込んでおり、W杯まで3ヶ月を切った現在でも今だ実戦に復帰できていない。そうこうするうちにナンバー2のテア・シュテーゲンが昨年のコンフェデ杯以降存在感を高めてきた。それどころか、テア・シュテーゲンは今や世界最高のGKの一人としての評価を得るまでに至っている。

現在FCバルセロナの正GKであるテア・シュテーゲンはリーグ戦でも安定したパフォーマンスを見せているとされ、チャンピオンズリーグでの経験も豊富だ。とりわけその攻撃的なポジショニングと足元の技術に定評がある。バルセロナのように常にボールを保持し高い守備ラインを保つチームで、攻撃の起点にもなる確かな足元の技術と、その守備ラインの裏の広大なスペースをカバーするポジショニングは貴重とされ、更にその守備ラインが破られた折に頻繁に発生する1対1の状況にも冷静に対処する。

ドイツ代表においても、テア・シュテーゲンは昨年のコンフェデ杯以降は非の打ち所がないと言えるほど安定したパフォーマンスを見せており、今やロシアW杯で彼がノイアーの代わりにドイツ代表のゴールマウスを守ることに不安は全く感じない。しかし、それでもノイアーが万全の状態でW杯に間に合わせることが出来るならば、その能力は疑いの余地なく世界ナンバーワンと言える。どちらを正GKにするか、少なくとも現時点では非常に判断が難しくなってきた。

遡ればドイツは常に世界トップクラスのGKを抱えており、過去のW杯においても世間を賑わすGK論争が存在した。最近で言えば2006年ドイツW杯のオリバー・カーンとイェンス・レーマンだろう。長年ライバル関係とされたこの二人は常にカーンが正GKに選ばれていたが、この時勝利したのはレーマンであった。

この年ミスを連発したカーンに対してレーマンは所属するアーセナルで安定したパフォーマンスを披露した上に、チャンピオンズリーグでも852分間無失点の記録を樹立し、チームを決勝に導いた。ゴールライン上での驚異的なビッグセーブを持ち味としたカーンに比べ、積極的に前にでるレーマンの方が当時改革期だった新たなドイツ代表のスタイルにもマッチした。レーマンはW杯本番でも安定したパフォーマンスを披露し、その役割を十分に果たした。

一方1994年のW杯ドイツは大会前に突如正GKを変更することで物議を醸した。この大会の正GKはアンドレアス・ケプケで決まったかに見えたが、監督のフォクツは直前にこれをボド・イルクナーに変更した。しかしイルクナーは準々決勝のブルガリア戦でストイチコフのフリーキックに一歩も動けずゴールを許すという致命的なミスを犯し、大会後代表を引退した。

もちろん、どんな優秀なGKでもミスをすることはある。しかし、GKの場合ミスが試合の結果に直結することが他のポジションに比べ格段に多い上に、チーム内の序列が明確なポジションである。一度正GKを決めた以上は大会中にそれを変更する事はないので、正GKの選定は極めて慎重に行われなければならない。いずれにせよ、今大会最も議論の余地のないと思われたGKがここにきて最も議論を要するポジションになってきたのは確かだ。

ノイアーの復帰は来月初めごろと見られているが、そこから6月のW杯に間に合うかはかなり微妙な状況だと言える。オリバー・カーンに言わせれば、試合勘だけでなく度重なる負傷に悩まされているノイアーの足がトップレベルのプレーに耐えられるかどうか、ノイアー自身が確信がもてないのではないかと懸念している。復帰後のノイアーはブンデスリーガ、チャンピオンズリーグで幾つかの試合に出場するだろうが、ここでのパフォーマンスは注目に値する。

一方のテア・シュテーゲンは今日行われるスペインとの親善試合で先発出場が確実視されており、火曜日にはブラジルとの親善試合も控えている。強豪国が相手ということで、ドイツのゴールが脅かされる場面も幾度となく出てくるだろう。まずはここでのパフォーマンスが注目されるところだ。