ドイツ対スペイン、極めてレベルの高いW杯の前哨戦

金曜日にサッカー国際親善試合ドイツ対スペインを観戦したのでその感想を記しておきたい。両チームともW杯本番では優勝候補と見られており、開幕まで3ヶ月を切った現時点での対戦はまさにW杯の優勝を争う前哨戦とも言えるカードだ。そしてここでは結果だけではなく、内容も求められる。更に相手の研究、メンバー選考の最終テストなども兼ねており、いわば優勝を目指す上で本番前の総合テスト的な位置づけになる。両チームにとっても極めて重要な試合だ。

ドイツは予想通り慣れ親しんだ4-2-3-1のシステムに、本番を想定したベストメンバーと思われるスタメンを送り込んできた。唯一予想外だったのが、2列目の左に当初予想されたサネではなくドラクスラーを起用してきたことだ。一方のスペインも、ラモス、ピケ、イニエスタ、シルバ、イスコなどの錚々たるメンバ―が名を連ねている。ブスケツの名が無いが、ここにはFCバイエルンのチアゴ・アルカンタラが入っている。彼がどれほど巧いかはドイツのファンなら知っているだろう。

試合は開始6分でいきなり動く。左サイドのスローインからバイタルエリアやや左でボールを受けたイニエスタが絶妙のタイミングでフンメルスの逆をつくスルーパスをロドリゴに通し、これを決められた。イニエスタを見張っていたのはケディラだったが、ケディラの寄せが来る前にイニエスタは完璧な速さと精度でパスを出した。この判断の速さと技術には脱帽する他ない。また、フンメルスの意識の逆をつく動きをしたロドリゴも秀逸だった。これは相手を褒める以外にないだろう。

その後同点に追いつきたいドイツは攻勢に出る。直後9分に右サイド深い位置から上げたキミッヒのクロスにFWヴェルナーは僅かに届かない。しかしこの左サイドに流れたボールをドラクスラーがダイレクトでシュートを放つ。これはDFにあたりコーナーキックになったが、このコーナーキックのクリアボールをヘクターがミドルシュートを放ち、これも惜しくも僅かに外れた。ドイツはこの後主に左サイドでボールを保持しながらスペインを攻める。

対するスペインも19分、右サイドでサイドチェンジのボールを受けたイスコは目測を誤ったヘクターを抜き去りPA中央のシウバへ決定的なパスを通すが、これはシルバのトラップが大きすぎてドイツは事なきを得た。この後ドイツはケディラのスルーパスからヴェルナーが惜しいチャンスを得るが、これはオフサイドの判定。両チームとも高いテクニック、素早いコンビネーションで一進一退の攻防が続く、極めてレベルが高く、一瞬たりとも目が離せない好試合である。

前半25分頃から主導権を握り始めたのはスペインだ。スペインは得意の素早いショートパスのコンビネーション、個々の高い技術からドイツを完全に翻弄し始める。特にスペインはイニエスタを中心に左サイドを完全に支配し、そこから次々と中央の決定的な位置にパスを通してくる。ドイツはボールを追いかけ回すが、全く奪い返すことが出来ず完全に自陣深い位置で張り付け状態になった。この見事なパス回しにドイツの観衆からも拍手が沸き起こる。完全にスペインサッカーのデモンストレーションだ。この光景は2010年のW杯準決勝でのスペイン戦を彷彿とさせた。

しかし、今回のドイツはこの時とは異なる。30分を過ぎるとドイツはやや動きの落ちたスペインから中盤高い位置でボールを奪い始める。ドイツはクロースが攻撃を操り、速攻、遅攻、地上戦、空中戦の多彩なバリエーションでスペインを押し込んだ。ボールを奪われてもすぐさまゲーゲンプレッシングで奪い返し、スペインに息つく暇を与えず攻める。そして35分、中央ゴールから20mの位置でボールを受けたミュラーがゴール左上にミドルシュートを突き刺し同点に追いついた。

このミュラーのミドルシュートはおそらく誰もが意表を突かれた筈だ。ミュラーはゴール前への飛び出しや巧みなポジショニングが持ち味であり、ミドルシュートの選択肢は無いというイメージが皆に刷り込まれている。しかし、ミュラーはこれまでも忘れた頃にミドルシュートを決めてきた。この意表を突くアクションをするのがトーマス・ミュラーの最大の持ち味でもあり、そしてそれは高い確率で成功する。ミュラー自身が自らの持ち味を十分に自覚しているからこそ出来る計算されたアクションであり、決して偶然などではない。アンチェロッティの下で評価されなかったミュラーだが、ここにきて完全に調子を取り戻していることを伺わせた。

その後は再び一進一退のレベルの高い攻防が繰り広げられ結局前半は1-1で終了した。本当にレベルの高く非常に見ごたえのある45分間だった。これだけでも視聴者は大満足だろう。

後半スペインはイニエスタをベンチに下げたのがやや残念であったが、引き続き見ごたえのある展開が続く。ボールを保持する時間こそスペインがやや長く感じるが、ドイツはボールを奪うと手数をかけずに1トップのヴェルナーのスピードを活かしたカウンター攻撃を繰り出す。このヴェルナーは上背こそないが、相当速い。何度もそのスピードでスペインの守備陣を振り切っていく。また、ドイツの好守の切り替えの速さ、さらにその後方からのパスの精度の高さは間違いなく世界トップだろう。

またドイツはコーナーキックからドラクスラーがミドルシュートを放ち、これはGKのデ・ヘアの好セーブに阻まれた。スペインもイスコがゴール至近距離から決定的な場面を迎えるが、これはテア・シュテーゲンにブロックされる。そのこぼれ球をドイツはすぐさまカウンター攻撃に繋げ、交代で入ったギュンドアンがゴール正面から決定的なシュートを放ち、これもデ・ヘアが指先ではじき出した。ドイツは更にセットプレーからフンメルスがヘディングシュートを放ち、これはバーに弾かれる。スペインはイニエスタが外れたことでややゲームのコントロールを失った感がある。

後半70分以降は両チームとも疲れや選手交代などもあり、テンポはややスローダウン、連携やパスの精度も落ち、落ち着いた展開になった。まあ、これだけ見れば十分だろう。引き分けという結果は妥当であり、両者にとって意義のある試合だったことは間違いない。重要なテストマッチとは言え親善試合でこれだけのものが見れるとは思わなかった、代表戦も捨てたものではない。

まずスペインについての印象を言えば、そのスタイルはやはりFCバルセロナに通じる、いわゆるティキ・タカであり、その圧倒的に試合を支配するスタイルこそがスペインサッカーのアイデンティティでもあろう。昨日の試合も時間帯によっては2008年ユーロと2010年のW杯でドイツに全く攻め手を与えず勝利した試合を彷彿とさせた。

そして、そのエレガントなショートパスのコンビを操るのは言うまでもなく天才MFイニエスタだろう。テクニシャン揃いのスペインの中でもこのイニエスタの技術、判断の速さ、アイデアは傑出しているという印象を受けた。守備陣ではレアルの重鎮、ラモスの落ち着きと強さはやはり特筆に値する。更にラモスはセットプレーでも驚異の得点力を持っていることは、これまで何度もドイツ勢がチャンピオンズリーグでレアル・マドリーに辛酸を舐めてきたことからも証明済みだ。これらベテランの主力選手が長丁場の大会にベストのコンディションを保てるかは気になるところだが、スペインが優勝候補の一つであることは間違いない。

一方ドイツは個々の選手の巧さにおいてはさすがにスペインに及ばないが、攻守に豊富な戦術的バリエーションを揃えている。基本的にドイツはスペインと同様にボールを保持し試合を支配することを好むが、状況に応じてカウンターや早めのクロス、ミドルシュートを織り交ぜるなど柔軟に対応した。そして、それらの豊富な引出しを相手によって自在に使い分ける事のできる選手の技術の高さと強さ、クレバーさ、層の厚さがドイツの総合力が高いと言われる理由の一つだろう。しかし、ドイツに関して言えば個人的に二つのポジションが気になった。

まずは中盤の底の位置で誰をクロースのパートナーにするかという点だ。昨日はケディラが先発したが、スペインの速いパス回しに後手に回っている印象で、全体的に守備面においてやや不安を感じさせた。ケディラは攻撃面での貢献度は通常の6番タイプより高いが、クロースという絶対的な司令塔が守備に奔走しリズムを乱さないためにも、スペインのような強豪相手にはより完全な黒子としての役割が求められる。守備面だけで言えばエムレ・チャンという選択肢もあるし、格下が相手ならおそらくギュンドアンを使ってくるだろう。このポジションはまだ流動的だ。

もう一つは2列目の左、昨日はドラクスラーが先発した位置だ。ここは個人的にはマンチェスター・シティのシューティングスター、レロイ・サネを使ってほしいが、この試合途中交代で出場したサネは今一つ連携が上手くいっていない印象だ。おそらく、レーヴがドラクスラーを頑なに起用する理由はここにあるだろう。しかし、ドラクスラーが強豪国相手に決定的な仕事をできるかは疑問が残る。スペイン戦では随所に良い働きを見せたものの、全体的に判断が遅く、コンビプレーの障壁になった場面も散見される。ドラクスラーにはドリブル勝負もあるが、それも脅威となる程ではない。

但しこの位置にドイツは先月怪我から復帰した、マルコ・ロイスというジョーカーを招集するという切り札を持っている。はっきり言えば、サッカーだけを考えるならロイスを使えばこの問題はあっという間に解決する。既に怪我から復帰しているロイスは早速ドルトムントの攻撃をけん引する活躍を見せており、実力的には申し分ない。もともと代表の主力なので、他の選手との連携も問題ない。

レーヴがロイスを招集しないのは、怪我明けで間もないのもあるが、2016年のユーロ以降築き上げた代表選手の序列を崩したくないからだろう。ドイツは予選を勝ちっぱなしで通過し、Bチームでコンフェデ杯を優勝した。小さな問題はさておき、ロシアW杯までほぼ順風満帆で進んでいる。ここで怪我明けでかつコンフェデ杯の招集を断ったロイスを入れることは、チームの雰囲気、人間的なマネジメント面でリスクがあることを考慮に入れてのことだと推察する。このポジションは最終的にはサネをチームにフィットさせることで解決してほしい。おそらく彼は火曜日のブラジル戦に先発するだろうから、個人的には注目している。