ドイツ代表が低迷期を抜け出すために掲げた「縦に速いサッカー」

私は日本代表のサッカーを普段見ていない。というか、見たくても見れない。故に日本代表がロシアW杯で結果を残す上で、今回のハリルホジッチの解任にどれ程の正当性があるかはわからない。一つの目標であった予選突破を成功させ、このW杯の2ヶ月前という時期に監督を交代するというのは、常識からはおよそかけ離れていると思うが、もしかしたら予選突破をしてからの日本代表のサッカーは本当に酷かったのかもしれない。

しかし、一つだけ個人的に気になっている事がある。日本代表が新監督のもとハリルホジッチが掲げたとされる「縦に速いサッカー」を継続するかどうかだ。

というのも、この「縦に速いサッカー」というのはドイツ代表が低迷期を抜け出すために2004年当時新監督となったユルゲン・クリンスマンとそのアシスタントであり現監督であるヨアヒム・レーヴが掲げた新たなコンセプトの一つでもあったからだ。

ドイツ代表の伝統的なスタイルは3-5-2のシステムである。3バックのうち2人は相手の2トップをマンマークで追いかけ回し、中央に位置するリベロがその保険としてスペースを埋める。中盤の底の守備的MFはひたすらこぼれ球を拾い、相手のゲームメイカーをシャットアウトする。ボールを奪ったらまずはリベロかゲームメイカーにそれを預け、走力とキックに優れたウィングバックに展開してそのクロスから屈強なFWが得点するというパターンが多かった。

2002年以降は4バックに移行したが、その根本的な戦術に大きな変化はなかった。しかし、2004年のユーロの惨敗し、2年後の2006年の自国W杯に臨むにあたりドイツ代表はその戦術に根本的な改革を迫られた訳だ。

当時のドイツ代表が手本としたのはイングランド、プレミアリーグのサッカーであった。ヨアヒム・レーヴはプレミアリーグの選手に比べ、ブンデスリーガの選手はおよそ平均して1秒ボールを保持する時間が長いとして、選手たちにプレーのスピードアップを求めたと言われる。更に、ボールを奪ってから10秒以内の攻撃が最も得点になる確率が高いと選手たちの前で計算してみせたと言われる。

守備面においても、それまでドイツに根強く残っていたマンマークを基調とした守備から、ゾーンディフェンスへの移行を図った。とりわけ、レーヴはドイツの屈強なストッパーのトレードマークでもあったスライディングタックルをしないよう選手たちに要求した。守備時に正しくスペースを埋めていれば、スライディングタックルは不要だと考えていたからだ。当然、守備から攻撃に移行するには良い体勢でボールを奪う必要がある上に、スライディングタックルはフリーキックを与えるリスクが高い。

要するに当時改革期であったドイツ代表が目指していたのは、まずはゾーンで安定した守備ブロックを構築してから素早い好守の切り替えによるカウンター戦術であった。これが花開いたのが2010年のW杯ベスト16でのイングランド戦だろう。ドイツはこの試合、切れ味鋭いショートカウンターでイングランドを4-1で粉砕した。

日本代表でハリルホジッチが具体的にどのようなサッカーを目指していたのか詳しいことは知らないが、この、カウンターによる縦に速いサッカーに関しては共通する部分があるのではないか。

もちろん、縦に速いだけでは継続的に成功を収めるのは難しい。ドイツ代表にも大きな壁があった。それは言うまでもなくスペイン代表である。スペインはポゼッション+ゲーゲンプレスで2008年のユーロ、2010年のW杯でドイツを続けて破った。

結果以上に内容で完膚なきまでに叩きのめされ、カウンターサッカーの限界を露呈した形となった。ここからヨアヒム・レーヴもカウンターからポゼッション+ゲーゲンプレスにドイツ代表をモデルチェンジすることになる。

しかし、だからと言ってドイツやスペインが縦への速さを放棄しているわけではない。むしろ両チームはポゼッションを基盤にしながらも、極めて縦に速い攻めを実践している。この間のドイツ対スペインの親善試合でイニエスタが見せたスルーパスは誰よりも速い判断でドイツの守備陣の裏をとった。コンマ1秒でも遅ければ、イニエスタはケディラのチェックで横パスを出していただろう。

現代のサッカーにおいて縦への速い攻めというのはスタイル以前に今や全てのチームが重視しているベーシックなコンセプトでハリルホジッチの専売特許ではない。ただ、2014年の日本代表のサッカーが誰の目から見ても余りにも鈍行だったので、その当たり前の文言が強調されているだけだろう。

それどころか比較的涼しいと思われる今回のロシアW杯で中堅クラスの実力を持つチームは積極的にゲーゲンプレスを使ってくると思われる。つまり、ボールを奪ってから如何に速く攻めるかに加え、いかに相手ゴールの近くでボールを奪うかという点も重要になってきている。ヨアヒム・レーヴは2004年、ボールを奪ってから10秒以内という数字を挙げたが、現代ではその時間は更に短くなっている筈だ。

私は2014年以来日本代表のサッカーがどれほどスピードアップしたか知らないが、今回監督が交代してもしも当時と同じようなコンセプトを掲げて今回のW杯に臨むのなら、かなり期待薄だと考えている。チンタラボールを回しているうちに、相手のゲーゲンプレスで窒息させられてあっという間に失点なんて姿は見たくない。

故に私は監督は誰でも構わないが、縦への速さは決して放棄してはならないと考える。それ以前に、弱小国の部類に入る日本が長時間ボールを保持できる展開は想像できない。その展開があるとすれば、それは相手の罠だと私なら解釈する。

もう一つ指摘しておきたいのは、上記に挙げた通り、ドイツ代表が今あるスタイルは決して自分たちのオリジナルではない。素早い好守の切り替えからのカウンターはプレミアリーグ、ポゼッションとゲーゲンプレスもオリジナルはスペインだ。ドイツはあくまでもこれらの戦術を自分仕様にアジャストさせたに過ぎない。

つまり2004年のユーロでの惨敗でこれまでの自分たちのスタイルを否定し、他国の良いところを積極的に取り入れたからこそ今の強豪としてのドイツがある。改革期には何度もそれこそ目も当てられないような酷い敗戦があった。

それだけでなく、2004年当時の監督であったクリンスマンは戦術だけでなく、代表チームに関するオーガナイズを根本から覆した。そして自らは代表監督でありながらアメリカに居住し、これで四六時中痛烈な批判を浴びた。しかし、クリンスマンはスポーツ大国であるアメリカから多くのこと取り入れ、更に日本からでさえも学ぶことがあると、断固とした改革を実行した。

もちろん一方で守らなければならない自分たちのスタイルも存在する。ドイツ代表も2016年以降、かつてのドイツへの原点回帰の動きがみられる。これまでの自分たちのスタイルを極端なまでに否定してきた為に、屈強なセンターフォワードや走力とキックに優れたクラシックなサイドの選手が逆に不足してきたからだ。

この問題は2016年のEUROで顕著になったと言って良いだろう。今回のW杯ではレーヴは世界レベルではないと分かっていても、FWサンドロ・ワーグナーや左SBマルヴィン・プラッテンハルトのようなクラシックなタイプの選手を連れて行くはずだ。

翻って日本代表はどうか。私は日本人に「縦に速いサッカー」が向いていないのは想像できる。そもそも、サッカーに限らず日本人は素早く考え、決断し、行動に移すことが苦手だ。これはミスに対する異常なまでなアレルギーがあるからだろう。これは皆がそのような教育を受けているので直ぐには変わらないし、サッカー選手に限った話ではない。しかし、ドイツのような世界の強豪でさえ自分たちの弱さを受け止め、他国の良い点を受けいれ、実践してきたことは知っておいた方がよいだろう。