ドイツに根強く残る反ユダヤ人主義という問題

先週ドイツでかなり権威のある音楽の賞である”ECHO”の授賞式が行われた。この賞は作品の売り上げに基づいて表彰される点から言って、日本で言うとおそらく「日本ゴールドディスク大賞」に当たる。今回このポップ部門で表彰されたのはKollegahとFarid Bangと呼ばれる2人組のラッパーであった。しかし、ここで歌われた曲の歌詞が一部完全な反ユダヤ人的であるとして大騒動を呼んでいる。

特に問題とされている箇所は”mein Körper definierter als von Auschwitz-Insassen”であり、これはそれっぽく訳せば「俺の体はアウシュヴィッツの囚人よりもマッチョだ」みたいな感じになる。知っての通り、ドイツにおいて第二次世界大戦のホロコーストを利用した表現は完全なタブーといって良い。完全に一線を越えてしまった。

この2人のラッパーの受賞に関してはユダヤ人関連の組織及び多くのアーティスト、音楽関係者が強い抗議及び嫌悪感を表明するコメントを発し、過去にこの”ECHO”を受賞したアーティストの一部もこの賞を返上する事態に発展した。ドイツの外務大臣であるハイコ・マースもこの歌詞を”Einfach widerwärtig”=「強い嫌悪感を催す」とし、その受賞を”beschämend”=「恥である」と強く非難した。結局、主催者側もこの2人を受賞させたことは過ちだったとし、2人と契約していたレコード会社も契約関係を中止するとし、現在もその騒動は収まっていない。

私もとりあえずこの歌詞をざっと読んだところ、確かに私のような外国人が読んでも悪趣味かつ下品、差別的、更に暴力的な印象を受けた。しかし、この騒動を見れば、ドイツが如何にこういった類の話に敏感か分かるだろう。私が知る限り、ドイツでは反ユダヤ人主義は完全な悪として人々も教育されており、ユダヤ人関連の施設もすべて厳重に警備されている。一部の施設は24時間体制で、警備員は自動小銃を装備している。つまり、ドイツはユダヤ人とその施設の安全を国を挙げて完全に保証している。

しかし、それにもかかわらずドイツにおいてユダヤ人への襲撃、学校などでの虐めは後を絶たないとされている。この間もキッパを被った男性が突如ベルリンで襲われ、その様子が携帯電話のビデオに収められていた。特にベルリンでは統計によるとここ数年で再び反ユダヤ人主義に基づく犯罪は大きく増えた。

先の”ECHO”の件も、そもそも誰がどうみても反ユダヤ人的な作品が授賞式に招待され、更にテレビのゴールデンタイムで上演され受賞までされる状況にまでなったかと言えば、この作品が売れているからに他ならない。実際にドイツでは現在でも多くのユダヤ人差別主義が残っているといわれる。

ドイツではこの反ユダヤ人主義は”Antisemitismus”(アンチゼミティスムス)と呼ばれる。ユダヤ人を意味する”Jude”という言葉が使われていないので分かりにくいが、稀に”Judenfeindlichkeit”とも記されることもある。”Jude”は因みに「ユダヤ人」という意味だが、侮辱的な言葉として扱われるので注意が必要である。そして、この反ユダヤ人主義はARD(ドイツ第一放送)のtagesschau.deによると、3つのタイプに分類されるとの事だ。

まずはユダヤ人は金持ちで欲深く、経済を支配しているといった類の偏見である。この偏見はヨーロッパでは遥か昔から存在しており、第二次世界大戦時のドイツもユダヤ人に対し同様な偏見から反ユダヤ人主義を国策とした。アンケートによると8%のドイツ人が、今日でもユダヤ人の影響力は大きすぎるという意見に賛同している。

二番目に挙げられているのが、ユダヤ人は過去のホロコーストの被害を口実に今日利益を得ようとしているという意見だ。この意見には26%のドイツ人が賛同している。そもそも、ホロコースト自体を否認する、或いはホロコースト議論の終結を要求するドイツ人も当然存在する。これは日本も第二次世界大戦に関して周辺国と似たような関係にあるので、すぐに想像はついた。

そして、3番目がイスラエル関連の反ユダヤ主義であり、これが今日最も複雑かつ厄介な問題とも言えるだろう。ドイツは過去の経緯からイスラエルの安全保障は既に国策としており、反ユダヤ人主義は政治的に一切の妥協を許さない程断固とした対応をする。

しかし、一方でここ数年でイスラム系の難民が増えたことでこの問題は更に複雑さを増している。彼らの多くは、このイスラエル、パレスチナ問題でユダヤ人は悪と完全に教育によって刷り込まれているからだ。実際に難民の多くが、自分たちを助けてくれた人間の中にユダヤ人がいたのかと訊いてくるらしい。悪であるユダヤ人が自分たちを助けることは彼らにとって全く合点のいかないことだからだ。

そして、ドイツはこれらの難民に対し過去の歴史の経緯を踏まえて、ドイツでは反ユダヤ人主義は一切許容されないことを教えていく必要がある。そこにはイスラエルという国の存続権を認めることも含まれるだろう。言うまでもなく、この作業は難民を社会に適応させる上で極めて難しい作業の一つであることは容易に想像がつく。これは非常に複雑な問題であり、tagesschau.deによると実際に40%のドイツ人もこのイスラエルの政治により多くの人がユダヤ人を敵対視していることに理解を示している。

折しも先週、メルケルは先週のイスラエル建国70周年に際し、改めてユダヤ人差別に断固として闘う意思と、イスラエルの安全保障はドイツの国家的な価値であることを再び明確にした。もちろん、差別は如何なることがあっても許容されないのは常識であるが、このドイツとイスラエル、ユダヤ人の特別な関係は頭に入れておいて損はないと思う。