2006年の自国W杯はドイツ語で”Sommermärchen”=「夏のメルヘン」と呼ばれている。これは大会中のドイツ代表の様子を撮影したドキュメンタリー映画、”Deutschland ein Sommermärchen”から来ていると思うが、実際にこの大会の国内での盛り上がりは伝説的なものだったと言える。
人々は国旗を家に掲げ、パブリックビューイングに集まり、皆がサッカーに夢中になった。その夏のメルヘンの終着点がこの準決勝イタリア戦である。この試合、3000万人のドイツ人がテレビの前にくぎ付けになり、その平均視聴率は84%にまで達したと言われている。
この大会前評判の低かったドイツ代表は破竹の快進撃を続け、ベスト8では遂に優勝候補の一角であるアルゼンチンをPK戦の末に下した。これは強豪国相手に6年ぶりの勝利であり、ドイツが世界の強豪を倒せる位置にまで復活してきた事を印象付けるものだった。選手個々の技術こそ他の強豪国に劣ったものの、それを補って余りあるコンディションの良さ、運動量の豊富さで、まさかの優勝さえあるかと思わせる雰囲気があった。
一方のイタリアは例によってグループリーグこそ苦戦し、鉄壁のCBの一角であるネスタを怪我で欠きながらも尻上がりに調子を上げてきた。伝統的に世界で最も戦術的に優れたチームでもあるイタリアを率いるのは名将マルチェロ・リッピ、各ポジションにはブッフォン、カンナヴァーロ、ピルロ、トッティ、トーニ、ザンブロッタといった世界屈指の名手を揃えている。
更にドイツ相手にそれまでW杯、EUROを通じて無敗という無類の相性の良さを誇り、大会直前のテストマッチでもドイツを4-1で下している。世間の前評判こそブラジル、アルゼンチンに劣ったものの、当時テレビ解説を務めていたギュンター・ネッツァーはイタリアこそこの大会の優勝候補であると主張した。
実力で勝るイタリアか、勢いに乗るドイツか、両チームとも中盤の底に2人の選手を配したほぼ同様の4-4-2のシステムを採用しており、激しい1対1を主体とした伝統国同士の真っ向勝負が期待された。しかし、ドイツはバラックに次いで重要な選手とも言って良いトルステン・フリングスが累積警告で出場停止である。試合は7月4日の21時、ドイツ代表の無敗の地であるヴェストファーレン・スタジアムで行われた。
試合開始からペースを掴んだのはイタリア。史上最高のレジスタであるピルロ、激しい守備でボール奪取に長けた闘犬ガットゥーゾのコンビは正にお互いの足りないところを補い合う最高の中盤の底のコンビと言って良い。ガットゥーゾが奪うボールをピルロが精度の高いパスで中盤を支配し、更にMFのカモラネージ、ペロッタと両サイドバックのザンブロッタ、グロッソのが執拗にドイツ守備陣の裏へ飛び出していく。ここへのピルロからの縦パスはこの試合を通じてドイツ守備陣にとって大きな脅威となった。
一方のドイツの中盤は攻守の大黒柱であるバラックが守備に奔走する事になり、良い形で攻撃に絡む事が出来ない。この日フリングスに代わってバラックのパートナーとして先発したケールは守備力こそ高いものの、どちらかと言えばバランサータイプの選手だ。フリングス程の運動量で汚れ役に徹する事が出来ず、ドイツは中盤の攻防で完全に後手に回る。
中盤も中頃を過ぎるとドイツがやや盛り返す。中盤の高い位置でボールを奪い始め、そこから素早くクローゼ、ポドルスキに当てる直線的な攻めでイタリアのゴールに迫る。最大のチャンスは35分、ショートカウンターからゴールやや右でシュナイダーがブッフォンと1対1になるチャンスを得るが、このシュートは僅かにゴールを超えた。これは角度、距離から言えばブッフォン相手には難易度の高いシュートだったと言えるので、もう一工夫欲しかった。
全体的にはドイツは攻めながらも後方からの押し上げが消極的でイタリアにとって危険な位置で数的優位を作ることができない。ピルロからの裏へのパスを警戒してのものだろう。前半は0-0で終えたが、予想以上に攻撃的なイタリアにドイツが後手に回る場面が多い。しかし、イタリアの執拗な裏を狙う縦パスに対し、ドイツの守備陣は集中してミスなく対応した。
後半に入ってまずペースを掴んだのはドイツ。ドイツはイタリアに個々の技術で劣りながらも、地元の地の利を活かしたコンディションとフィジカルで優位に立ちイタリアを押し込みはじめる。63分、右サイド深い位置からパスを受けたポドルスキが振り向きざまにブッフォンの至近距離から惜しいシュートを放つが、これは角度が悪くブッフォンの正面だった。
試合は前半に引き続き速いテンポで、局面で激しい1対1が展開される緊迫したものになっていく。ドイツは押し込みながらもゴール近くでのプレーの精度、アイデアが乏しく、カンナヴァーロを中心とするイタリアの守備陣から決定的なチャンスを得るには至らない。後半を半ばを過ぎると両チームに疲れが見え始め、試合は膠着状態に陥った。
70分過ぎにドイツはMFボロウスキに代えてシュヴァインシュタイガー、イタリアはFWトーニに代えてジラルディーノを投入する。そして、この交代が吉と出たのはイタリアだった。トーニに比べて運動量が多く、トリッキーなプレーも見せるジラルディーノにドイツの守備陣はやや混乱が見られ、再びイタリアがドイツ守備陣の裏に危険な縦パスを通し始める。
一方のドイツは交代で入ったシュヴァインシュタイガーが上手く試合に入って行けない。守備での貢献度が今一つの上に、球離れが悪く攻撃のリズムを掴めない。もう一人シュナイダーに代わって入ったオドンコールは右サイドを圧倒的なスピードで切り裂くものの、その後のパスの精度が悪く、イタリアの堅い守備陣に脅威を与えることができない。
両チームとも試合を決めるべくリスクを冒して攻め合い、一進一退の激しい攻防が繰り広げられたが、結局後半も両チーム無得点で試合は延長戦に突入することになった。しかし、徐々にイタリアが地力の差を見せ始め優位に試合を進めつつある印象だった。