エジルとギュンドアン、W杯を待つ国民の逆鱗に触れる

メスト・エジルとイルカイ・ギュンドアン、ドイツサッカーファンならこの名前を知らない者はいないだろう。両者とも既に世界トップクラスの実力の持ち主として世界にその名を知らしめており、6月に開幕するW杯では押しも押されぬドイツ代表の主力選手して出場する事が決定的になっている。この2人はもともとトルコにルーツを持つドイツ人あり、過去にトルコ代表を選択することもできたが、ドイツ代表を選択した。現在ではこの2人無しのドイツ代表は考えられないと言えるほど、重要な選手にまで成長した。

しかしこの2人、ついこの間ドイツの社会を揺るがす程の問題行為に及んでしまった。トルコ大統領のエルドアンがこの2人をロンドンで会合に招待し、そこでの和やかな写真をエルドアンの政党が公開したのだ。そこではエジルとギュンドアンが、エルドアンとともに満面の笑みでポーズをとり、それぞれのチームのユニホームを渡している。ギュンドアンに至ってはユニホームにトルコ語で「私の大統領」と敬意に満ちたメッセージを入れた。これはエルドアンの選挙活動を宣伝する行為として解釈され問題視されている。

もちろん、自らのルーツであるトルコの大統領が個人的に招待してくれる事は2人にとって名誉な事であろうし、またこの2人がどのような政治的姿勢を持っているかは自由である。何でそんな程度で大騒ぎするのか、訝しむ人もいるだろう。しかし、この行為がドイツ国民の逆鱗に触れてしまう事は、ドイツの社会を知っている者であれば直ぐに察しはつく。

まず、この2人は上記に記したようにドイツ代表の押しも押されぬ主力選手である。国を代表するとはどう言う事か、それは単に職業としてサッカーをする以上のものがある。彼らはトルコ代表の選択権がありながらドイツ代表を選択した。それは外見やルーツは関係なくとも、つまり心もドイツ人になると言う事と同意であり、ただ単にサッカーが上手い傭兵では誰も満足しない。このW杯という国家の一大イベント直前の時期に、他国大統領と会合し満面の笑みでその選挙活動のPRに勤しむような姿を見れば、一体何処の国の代表選手なのか疑問を呈さずにはいられないだろう。

まあ、それでもこれが当たり障りの無い国の大統領であれば、少々代表選手としての好感度が落ちるくらいで済むかもしれない。しかし、更に大きな問題は、これがトルコいう国であり、エルドアンというドイツにとって極めて曰く付きの政治家である事だ。このエルドアンの政治スタイルについては色々と誤解もあるかもしれないが、ドイツでは人権、言論の自由を無視した独裁的なものとされ、完全に民主主義の敵だと認識されている。

更に、エルドアンは昨年の選挙活動でドイツの事を「ナチス」「ファシスト」などと暴言を連発しており、ドイツ国民の心情を著しく害したことは想像に難くない。また、一方でこれらのドイツを敵視する発言はドイツに住みながら社会に適応しようとしないトルコ人を明らかに助長させており、ドイツ国内でも大きな社会問題と化している。つまり、エルドアンの存在はドイツにとって単に他国の独裁者というレベルを超えてドイツに身近な悪影響がある政治家とみなされている。

そのエルドアンに満面の笑みでユニホームを渡す写真を公開されたエジルとギュンドアンは当然ながら国民の逆鱗に触れており、メディアのアンケートを見る限り圧倒的多数がこの2人はドイツ代表でプレーすべきではないと考えている。

特にギュンドアンに至っては「私の大統領」という親愛なるメッセージを直筆で渡しており、その風当たりは強い。これ関しては首相のメルケルも「誤解を呼びうる」と苦言を呈しており、他の政治家、スポーツ関係者も一様にこの2人の行為を大いに問題視している。

もちろん、ヨアヒム・レーヴをはじめとしたドイツ代表のスタッフはこれに苦言を呈しながらも、2人に理解を寄せる親身なコメントを残してはいる。当然だろう、誰が何と言おうがエジルとギュンドアンはドイツがW杯で優勝するために絶対に必要なメンバーである。世間や政治家が何と言おうが、ドイツ代表はこの2人を連れて行くためにあらゆる手段を講じるだろう。しかし、この件はこれからW杯に臨むチーム、そして国内の雰囲気に著しく水を差してしまったことは間違いない。ドイツ優勝の確率はこれで確実に低下した。

また、エジルとギュンドアンは長年の間、サッカーという枠を超えて外国人がドイツ社会に適応し、成功する模範例として国内のメディアでも積極的にアピールされていた。しかし、この社会的な宣伝効果はほぼ無に等しくなった。むしろ、多くのドイツトルコ人が自分の都合の良いときだけドイツを選択し、独裁者を支持して社会に適応しないという問題の象徴になり、これでまた変な右派ポピュリストの連中が勢いづくだろう。

因みに、もう一人のトルコ系ドイツ人選手であるエムレ・チャンもエルドアンからの招待が来ていたそうだが断ったらしい。これは自らの政治的姿勢に基づいたか、国内の雰囲気を考慮して判断したかは知らないが、ドイツ人としては賢明な判断だろう。チャンは今回は怪我の影響もあり代表候補から漏れた。

エジルとギュンドアンも直ぐに断ることが難しければ、せめてドイツ人、そしてドイツ代表の選手としてチーム関係者に相談するほどの政治的、社会的感覚を持っていて欲しかった。この2人は私もサッカー選手としてはファンでもあるし、特にエジルは大ファンといって良い程だ。

もちろん、私にとって今回の件でこの2人のサッカー選手としての価値が下がるものではないし、両選手のファンを辞めることは無い。高い技術と天才的なパスセンスを持ったプレーを是が非でもW杯で見たいし、日本のファンにも見て欲しいと思う。ただ、ドイツ代表の選手としては少々残念であったのも確かだ。