ヨアヒム・レーヴによってドイツ代表を干された実力者たち

W杯も近づき各国とも既に代表候補選手が発表されているだろう。日本でもやはり代表選手の選考に関しては毎回多かれ少なかれのサプライズ、或いはドラマがある。特に実力、実績がありながら代表に招集されず涙を飲んだ選手もこれまで多く存在した。それはドイツ代表でも例外ではない。

私の印象では基本的にドイツ人はこういった時に組織のルール、ヒエラルキーを重んじてプロフェッショナルに振る舞うが、一方で納得のいかない事には徹底的に抗議する我の強い気質も備えており、大きな反骨心を示して世間に物議を醸す事もあった。ここでは、これまで実力、実績がありながら現監督のヨアヒム・レーヴによって代表から干されてしまった選手たちをいくつか紹介したい。

自称ドイツNr.1ストライカー、サンドロ・ワーグナー

まずは今回のロシアW杯の選考で大方の予想を覆して招集外となった、FCバイエルンのFWサンドロ・ワーグナーである。ワーグナーは昨年のコンフェデ杯でドイツ代表に初召集され、それ以降毎回代表に召集されていた。決して主力とは言えない位置付けながら、ドイツ代表はワーグナーのような長身のFWを欠いていたことから、少なくとも今回のW杯へ代表候補としての招集は間違いないと見られていた。

また、このポジションでライバルと見られたマリオ・ゴメスがあくまで中央で構えてその得点力で勝負するタイプなのに対し、ワーグナーは同じ長身ながらやや運動量が多く、オールラウンドな動きが期待できるタイプである。今年の冬にはFCバイエルンに移籍し、チャンピオンズリーグの舞台も経験した。

私もこの2人の争いは、あくまでもそのプレーだけを見ればワーグナーに一日の長があると思っていたし、世間もそのように見ていたであろう。しかし、レーヴは今回ワーグナーを招集外とし、逆に1度も代表に招集した事のないニルス・ペーターセンを招集した。

これには世間も意表を突かれ、当のワーグナーも相当落胆したのは想像に難くない。しかし、余程納得の行かないワーグナーはこの選考に対しヨアヒム・レーヴを痛烈に批判し即座に代表引退を発表した。自らが今回漏れたのは、監督コーチ陣に自分の意見をはっきり直接述べるスタイルが受け入れられなかったからだと言うのである。つまり、レーヴはプレーではなく、自らに従順な選手を選んでいると暗に非難したのだ。

しかし、このワーグナーの発言にレーヴは激怒して反論した。ワーグナーの発言は長年ドイツ代表で主力として働いている選手たちを馬鹿にしており、彼らが自分の意見を言わないから代表選手に選ばれているとも解釈できるからだ。そして、この件に関して言えば世論はレーヴの味方であり、所属するFCバイエルンの監督であるハインケスや会長のヘーネスでさえ、このワーグナーの反応は行き過ぎだとして理解を得られていない。

詰まるところ、レーヴはこのようなワーグナーの高慢かつ子供じみた態度を知っており、これがチームにマイナスだと判断した可能性は大いにある。ワーグナーは過去に自らを現在ドイツ人最高のストライカーと称しており、ロシアW杯への招集は当然のような発言をしていたので、代表では新参者の割にはやたら強気だった。

そういう意味では今回の招集外におけるワーグナー本人の見立てはそんなにはズレていないかもしれないが、それを公に発言してしまったのは監督という立場の者に対し著しく敬意を欠いていると言わざるを得ない。実力から言えばW杯後再び代表に呼ばれる可能性もゼロではなかっただけに、今回感情的になって代表引退をしたのは惜しまれるといえる。

ポーカーの達人マックス・クルーゼ

次に紹介したいのは、現在ヴェルダー・ブレーメンに所属するFWマックス・クルーゼである。現在30歳のクルーゼは2013年にドイツ代表に初招集された。2014年のW杯こそメンバー入りを逃したものの、それ以外はコンスタントにレーヴによって代表に招集され、2016年のEUROの予選ではグルジア相手に苦戦の中貴重な勝ち越し点を決めてドイツの予選の首位通過を決定的にした。

クルーゼは180cmのオールラウンドなタイプのFWで、その高い決定力に加え、優れたアシスト能力を持っており、攻撃的な位置なら一通りプレーできる。非常にテクニックが高く、かつクレバーな選手で、EURO2016のメンバー入りは確実視されていた。実力から言えば今回のロシアW杯のメンバーに招集されてもおかしくない。プレースタイルから言ってもレーヴ好みの選手と言えるだろう。

しかし、クルーゼは2016年の3月、タクシーの中に現金75000ユーロを忘れるという一般人からすれば信じられないチョンボを犯した。そしてその直後に控えていたイングランド、イタリアとのテストマッチをレーヴから懲罰のような形で代表を外され、それ以降招集されていない。ドイツにおいて代表選手というのは世間にとって模範的な人物であり、行動をしなければならないとされており、クルーゼの行動はこれに見合っていないと判断されたからだ。

これ以外にもクルーゼはサッカーを離れた所での奔放な振る舞いで知られており、有名なのは趣味で行っているポーカーである。これはかなりの腕前らしく、2014年のW杯の最中に参加したラスベガスのポーカー世界選手権では3位にもなったそうだ。

本来なら、仕事以外のプライベートで何をしようがその人の勝手と言いたいところだが、代表選手ともなるとそれ以外のところでも注目が集まってしまう。クルーゼはちょうどこのタクシーの現金事件のころ、派手なパーティでタブロイド紙の記者とひと悶着起こしており、これもタイミングが悪かった。

ポーカーにしても、言ったらギャンブルなので代表選手としての世間に与えるイメージは良くない。クルーゼは毎年世界選手権に参加しており、それは普通の感覚から言えば趣味の範疇を超えている。

しかし、レーヴはクルーゼをこれらのピッチ外の振る舞いで切った一方、2014年に無免許運転という言い訳のしようのない違反を犯したマルコ・ロイスは外さなかった。これはどう見ても不公平であり、その意味ではクルーゼは見せしめに利用されたとも言えなくもない。

これも詰まるところ、クルーゼがチームにとってあくまで代えの利くレベルの選手であるのに対し、ロイスは代えの利かない特別な選手という差だろう。これは現実的には止むを得ない政治的処置であると思うが、レーヴの行動からは時に過度に戦略的、政治的な部分が透けて見えクルーゼも少々気の毒ではある。

クルーゼの代表への扉は公には閉ざされてはいないが、好調で再招集があると見られた昨年のコンフェデ杯で見送られたことを考えると、既に長期的にレーヴのリストからは消されている可能性が高い。