何故メスト・エジルは不当な批判に晒されてしまうのか

ドイツ代表の背番号10を背負うのはメスト・エジル。異論はあるかもしれないが、現代サッカーで最高のトップ下の一人と言って良いだろう。私はこの選手の大ファンでもある。そのボールタッチ、テクニック、広い視野から予想もしない箇所へ通すそのラストパスは魔術的でもある。エジルの目は大きいが、その目からはゴール前の誰も気付くことができない決定的スペースが見えている。

最近はエジルのプレーも見慣れたせいか驚きは少なくなったが、エジルがドイツで頭角を現してきた頃ドイツは現在ほど技術のある選手を揃えておらず、そのプレーはまさに夢のように見えた。あのバラックが当時から「ドイツに再び本物の10番が現れるかもしれない」とその才能を高く評価していたのだ。

私が見た中では、エジルは並み居るドイツの名選手の中でもサッカーの巧さで言えば史上最高だ。これまでドイツ代表で90キャップ、23得点、40アシストを記録している。この数字だけでも伝説の名選手と肩を並べるものだ。

しかし、これ程の技術と実績がありながら、ドイツでエジルは決して愛されてはいない。日曜日のメキシコ戦での惨敗の後、例によってエジルは特に激しい批判に晒されている。かつての代表選手であるマリオ・バスラーはメキシコ戦のエジルを「死んだカエル」と形容し、ローター・マテウスは代表でプレーするエジルは喜びも情熱も持っていないと辛辣に批判した。

確かにメキシコ戦のエジルは良くなかった。とりわけ、失点のシーンであっさりとかわされてシュートを許したのは、ドイツのファンからすれば極めて心象は悪かっただろう。試合全体で見ても1対1の勝率は僅か14%で、肝心の攻撃でも決定的な場面を演出出来なかった。

しかし、この日はGKを除けばドイツの選手は皆酷かった。あくまで私の目から見れば、エジルより酷い選手はいた。例えば失点のシーン、エジルとほぼ同じラインに位置していたクロースは全力で戻って来なかった。キミッヒに至っては自身がもぬけの殻にした右サイドを攻められている状況で、審判よりも遅く走っていた。エジルが守備を得意としていないのは計算に入っている。あの位置にエジル一人がいる状況にしてしまった、崩壊したチームのバランスの方が余程問題だ。

にも関わらず、エジル個人への批判は例によって度が過ぎていると言って良い。一部は悪意に満ちているとさえ言える。プレー内容に関わらず、現在ピッチ上で最もブーイングを浴びるのは間違いなくエジルだ。ドイツには多くのアンチ・エジルが存在する。

エジルが必要以上の批判を常に浴び続ける理由の一つに、そのピッチ上での振る舞いがあるだろう。マテウスが言うように、確かにエジルは一見するとやる気が無さそうにプレーする。ピッチ上で無表情で、いつも肩を落としている。また、エジルは試合前はドイツの国歌を歌わず、試合後のインタビューにも滅多に出てこない。トルコ系のドイツ人でもあり、その振る舞いはドイツ人らしくない所がある。そして、それを気にして振る舞いを改めようという素ぶりもない。それが気に入らないドイツ人は間違いなく多い。

更に今大会前にはドイツで最も嫌われている政治家、トルコ大統領エルドアンと会合し満面の笑みで自らのサイン入りのユニホームを手渡した。確かに、これはエジルの政治的スタンスは別にして、極めて世間知らずで軽率な行為だったと言って良い。この写真がドイツでどのような反響を呼ぶか、多くの注目を浴びるスターだからこそ知っていなければならない。このテーマは現在でも燻っており、チームに少なからず悪影響をもたらしているだろう。エジルはこの件では固く口を閉ざしており、これも世間の心象を良くしていない。

そして、これはあくまで私の印象だが、エジルは当初の期待から言えば実際のプレー面でもここ数年伸び悩んでいる。若干22歳で移籍したレアル・マドリーで世界最高の「10番」としての評価を得るに至ったが、マドリーを退団しアーセナルに移籍して以降、その評価は寧ろ下がった。

その突出したアシスト能力に比べ得点力が低いという事に加え、重要な試合において消えてしまうという精神面での弱さも指摘されている。そして、この批判はそれなりに的を射ていると言わざるを得ない。エジルは若い頃はもっとダイナミックな動きで、ゴール前に飛び出し得点する事も多かった。レーヴには1トップで起用された事もある。

しかし、レアル・マドリーでクリスティアーノ・ロナウドという怪物ストライカーとプレーして以降、エジルはほぼアシストに特化した選手として認知されるようになった。これはエジルのキャリアにおいて非常に惜しまれる事だと個人的には思っている。モウリーニョという勝負に徹するリアリストが監督だったのもあるだろう。

エジルはマドリーで名声を得ることに成功したが、選手としてのポテンシャルを犠牲にしたのかもしれない。寧ろあの時点でマドリーではなく、当時既に誘いのあったと言われるアーセナル、バイエルン、或いはバルセロナに移籍していたらエジルの可能性が広がったのではないか。何れにせよ、当初の期待からすれば、エジルのプレーには確かに物足りなさが残る。日曜日のメキシコ戦を受けて、次戦以降エジルをスタメンから外すべきだと言う意見は多い。

それでもヨアヒム・レーヴはエジルに絶大な信頼を寄せ、これまで不動のスタメンとして起用してきた。理由は簡単だ。エジルは他の選手には無い一瞬で違いを生み出すアイデアと技術を持っている。そして、誰も予想出来ない魔術的なラストパスを出せるからだ。光と影を持った選手である事は事実だが、エジルの代わりになる選手はいない。

ドイツがグループリーグ敗退の崖っぷちに立たされた土曜日のスウェーデン戦、私は多くの批判を浴びながらもレーヴはエジルを再びスタメンで起用すると見ている。そして、エジルはこの試合こそ、これまでの不当で悪意のある批判に自らのプレーで答えを出すべき時だろう。エジル個人にとっても、真価が問われる試合になると思っている。