メスト・エジルをドイツ代表から排除してはならない

ドイツ代表がW杯を去ってから既に2週間は経ち、今日は決勝戦である。選手たちもバカンスを満喫している最中だ。当然ながら既にメディアでも敗退について多くの検証がなされ、ピッチの上のドイツ代表のパフォーマンスについては概ね出尽くした感もある。所詮はスポーツでありファンにとっては娯楽だ。勝つ事もあれば負ける事もある。9月からはネーションズリーグが始まり、2年後にはEUROがある。気をとりなおして再出発すれば良い、と言いたいところだが、ドイツ代表が再出発するにあたり、解決しなければならない極めて厄介な問題が存在する。それはメスト・エジルだ。

メスト・エジルは今回のW杯において最もネガティブな意味で注目されてしまったドイツ代表の選手である。それを決定的にしたのが、エジルが大会直前にトルコ大統領のエルドアンと会合し、満面の笑みでユニホームを渡す写真が公開された事件である。

この件については既に記事にしているので詳しい内容はここでは割愛するが、この事件は大会に臨むチームおよび、国内の雰囲気を著しく害した事は間違いない。スウェーデン戦で奇跡の勝ち越しゴールを決めたクロースは試合後のインタビューで「もし自分たちが敗退すれば多くのドイツの人々は喜んだのではないか」という痛烈な皮肉を国内のファンとメデイアにかましたが、これは如何に今大会ドイツの雰囲気が悪かったかを象徴するようなコメントである。

更にエジルはこの件について完全に口を閉ざしており、これも結果的に完全にNGだった。国民の代表チームに対するアイデンティティを崩壊させるような事件を起こしながら、本人からなんのコメントも無いのは確かに心象が悪い。

一般的にこのような場合、ドイツでは”Stellungnahme”と呼ばれる釈明をする。ここでは謝罪よりも寧ろ、何故そのような行為に及んだか論理的に説明することが求められる。そして最終的には、エルドアンの選挙活動を支援する意図はなかった事を結論とするのが、皆が納得する常識的な内容になる。もちろん、コメントする事によって揚げ足を取ろうとする連中は何処にでも存在するが、本来なら事態がエスカレートする事を避ける為にも必要なダメージ・マネジメントだ。

これも本来ドイツが好成績を納めていればうやむやになって人々から忘れられる問題だったかもしれないが、大会が過去に例のない程最悪な結果に終わってしまった事で、現在この問題が残念ながら再燃、そしてエスカレートしつつある。

というのも、元々エジルを快く思っていないファンも多い上に、エジル自身が今大会低調なパフォーマンスだった事も手伝って、今回の敗退の責任をエジル一人に擦りつけようとする風潮が一部世間に出来つつあるからだ。そして遂にドイツ代表チームを運営するDFB(ドイツサッカー連盟)もそれに便乗するような発言で物議を醸している。

元を正せば、DFBのボスであるグリンデルとドイツ代表のマネージャーであるビアホフは、大会前エジルのエルドアン問題については既に解決済みで、エジルをW杯に連れて行く事には全く問題がないとの認識を示していた。

ビアホフはサウジアラビアとのテストマッチの前にテレビのリポーターにこの質問をされると「あんた等他に質問する事ないのか、スポーツに集中しろ」と公共の電波で完全に逆ギレ状態で、このテーマが燻っている事に露骨な不快感を示していた。世間は依然としてエジルがこの件について釈明をしない事に明らかに不満だったが、DFBはそれは不要だと主張した。

しかし、ドイツ代表がよもやの惨敗を喫した今になって、DFBはその態度を180度豹変させた。この2人は解決済みだった筈のエルドアン問題を自ら再び持ち出し、グリンデルは国民を落胆させたとしてこの件についてエジルに公に釈明を要求し、ビアホフはエジルをメンバーから外す事を検討する必要があったと発言した。

これは総じていえば、DFBというドイツ代表を管理する組織が事実上敗退の責任を後出しジャンケンでエジルに擦りつけるもので、私は裏切られたと感じたエジルが代表引退しても全く不思議ではない。

しかし、ドイツ代表が再出発をするにあたり、エジルをドイツ代表から排除してはならないし、自ら引退を口にする方向にも持っていってはならない。エルドアンとの会合が著しく軽率であったことは事実であるし、年齢面から言っても代表チームでの先はどのみちそれ程長くないが、今ここでエジル1人をスケープゴートにして問題を解決しては絶対にならない。

まず、スポーツ的な面から言えば、エジルの出来は低調ながら、それでもそのチャンス・クリエイトの能力は傑出していた。私が見る限り、韓国戦での決定的な場面の殆どはエジルが絡んでいる。

とりわけ、ヒールパスからロイスとのワンツーでヴェルナーが決定的なチャンスを得たシーン、フンメルスがフリーでゴール至近距離からヘディングシュートを放った決定的チャンスはいずれもエジルの完璧なラストパスによるものだ。守備力も低く、ゴール前への飛び出しもない事には不満があるが、今大会誰を探してもエジル以上にそのテクニック、パスで相手の守備陣の裏を突く事に長けた攻撃的MFは存在しない。たとえ控え選手だとしても、エジルはまだドイツ代表の力になれる。

そして忘れてはならない重要な事がある。エジルは長年の間、代表チームの主力選手であり、ドイツ国民に多くの喜びをもたらしてきた。それだけでなくエジルは、異文化が融合した新しいドイツ代表を象徴する存在でもあった。

かれこれ10年くらい前だったと思うが、DFBは人種差別に反対し、移民の社会適応を促すCMをテレビで公開していた時期がある。それはドイツ代表選手の親たちが集まって庭で一緒に焼肉パーティをしながら和気あいあいと語り合い、最後は一つの部屋に集まり代表チームの試合を観戦するというものだ。

ドイツ代表はその頃から多くの移民背景のある選手が登場し始めており、その親たちは当然外国人である。その外国人とドイツ人の親たちが、典型的なドイツ文化でもあるグリルパーティをしながら、一緒に自分たちの息子の試合を観戦する姿は、新しいドイツ代表、そしてドイツという国を象徴するものでもあった。

そして、多くの異なる特徴を持った人間が集まりその適応に成功した組織は、同質の人間だけで構成される組織より大きな力を発揮する事を、ドイツ代表は体現したチームでもあった。多くのドイツ人も、自らの代表チームに誇りを持っており、エジルはその中でも中心的な存在だった。

ここで世間の一部差別的でもあるアンチ・エジルの圧力に屈して、エジルが代表引退追い込まれるような事があれば、ドイツ代表が長年築き上げて来た価値観と強さは崩壊する。あるAfDの政治家は韓国戦を「エジルがいなければ勝っていた」と堂々ツィートしていたが、このような著しく客観性を欠く評価に迎合しているDFBの対応はここまで最低と言え、逆に最近流行りの変な国粋主義や反外国人主義への扉がスポーツ界に開いてしまう懸念すらある。

もちろん、この問題を作ってしまったのは当のエジル本人である。こうなった以上、エジルは心を開いて自らの言葉でエルドアンの件を釈明しなければ、この問題は理性的に解決しない。現状エジルは何を言っても非難されるであろう。エジルにとってはやる事なす事全てが悪い方向に行っており、極めて難しい状況である。

しかし、DFB、そしてチームメイトはエジルを全力でサポートし、世間に団結を示して再出発をしなければならない。ドイツではこれまで唯一ボアテングのみが「皆がエジルだけを非難しているが、それは許されない…今回の敗退はチーム全体に原因がある」と述べている。

あのクロースが劇的なゴールを決めて勝利したスウェーデン戦、このフリーキックを与えるファウルを犯したスウェーデン選手も移民背景を持った選手であり、国内のファンから差別的な誹謗中傷を受けた。これに対しスウェーデンは全員で”Fuck Racism!”と断固とした対応を見せた。フランス代表も長年多民族の代表チームだったが、今回は遂に団結したチームを送り出し決勝戦に進出した。これは今回のドイツには無かったものだ。

とりわけDFBは2015年以来マーケティング活動ばかりに精をだし、本来持っていた代表チームのとしての意味や価値を蔑ろにしてきたとの批判に晒されているが、それは的を得ているだろう。出生や民族の違いは関係なく選手たちが団結し、再び国民に愛される代表チームになる為のマネジメントをDFBは取り戻さねばならない。