メルケルに対抗する茶番劇を演出し、自滅した感のあるホルスト・ゼーホーファー

先週までロシアW杯ばかりに興味が集中してしまった為、すっかり一般のニュースに疎くなってしまっているが、そろそろ通常運転に戻そうと思う。まずは難民政策の違いでここ数週間世間を大きく騒がせていたCDUとCSUの仲間割れ、そしてそれぞれの党首であるアンゲラ・メルケルとホルスト・ゼーホーファーの権力闘争にかなりの進展があった模様なので、それを取り上げたい。

この長年の間崩れる事のないと思われたCDUとCSUのパートナー関係が崩壊寸前の危機にまで陥った事は、まさに分裂した昨今のドイツの象徴でもある。下手をすれば現在の連立政権が崩壊が懸念される程の大騒動にまで発展した。

この大騒動の直接的な発端となったのは、CSUの党首であり連邦内務大臣でもあるホルスト・ゼーホーファーが首相のメルケルが主導する現行の難民政策に改めて強い反発を示した事だ。

あくまでヨーロッパで難民の扱いを定めたダブリン規約を順守し、欧州他国と難民送還に関する相互協定を結ぶことで問題解決を図るメルケルに対し、ゼーホーファーは他国で既に指紋を登録した難民および亡命者はドイツの国境で有無を言わさずオーストリア国境で突き返すという強硬な措置を即時取るべきだと主張した。これは一般的な解釈ではダブリン規約に違反すると言われているが、メルケルがこの要求を呑まない場合、独断で自らのプランを実行するとまで脅しをかけた。

この時期にはちょうど難民の滞在ビザ付与に関するブレーメンの連邦移民庁の不正が発覚し、難民の凶悪犯罪が明るみになったりと、世間に再び反移民、反難民の雰囲気が強くなった頃である。内務大臣でもありこの事態に責任を持つ立場でもあるゼーホーファーは、これを機に元々主張していた自らの強硬な難民政策でメルケルを屈服させる魂胆だったと推察される。

更に10月にはバイエルン州選挙が控えており、ここでCSUは前回の連邦議会選挙でAfDにごっそり持っていかれた票を奪回する必要がある。反難民、反メルケルといえば、民衆は味方につくというのがここ数年の情勢である事は間違いない。事実、この時点ではゼーホーファーの主張は圧倒的な支持を国民から集めていた。ゼーホーファーの態度は過去に無いほど断固としており、もはやメルケルと刺し違える覚悟である事を伺わせた。

当然メルケルにとってCSUの離反は事実上自らが率いる政権の崩壊を意味するので、何としてでもこの乱をゼーホーファーが納得する形で収集させる必要に迫られた。ドイツの政局は大混乱に陥り、メルケルが首相の座から陥落する再度訪れた大ピンチであるかにも見えた。

しかし、結果から言えば今回もメルケルはピンチを切り抜けることに成功した。まずメルケルは6月末のEU首脳会談で、ヨーロッパ全体で難民問題を解決するという大筋の支持を国際的に取り付けることに成功し、その上でゼーホーファーと極めて形骸的な妥協をして国内の騒動を鎮圧させた。その妥協とは、オーストリアとの国境に”Transitzentren”と呼ばれる、いわば難民一時収容所を設置し、他国で既に難民として指紋を登録した入国者を48時間以内に突き返すというものである。

これは一見すればゼーホーファーの要求が通ったように見えるが、結局国境で難民を指紋を登録した国へ突き返すには、やはりその国がOKを出すか、或いはその国と相互協定を結んで難民の送還を可能にしなければならないという点で何も変わっていない。例えば、イタリアで指紋を登録した難民がドイツの国境にやってきて、ドイツがイタリアにその難民をその場で突き返したい場合、それはイタリアが了承しない限り不可能である。

その場合、オーストリアに取り合えず難民を受け入れてもらう事になるが、これもオーストリアと協定をまず結ばなければならない。そして、常識的に考えればオーストリアはそんな協定は結ばない。オーストリアの首相であるセバスティアン・クルツはゼーホーファーと同じ難民に対し厳しい姿勢で有名な政治家である。このクルツを説得するのは勿論、同胞でもあるゼーホーファーの仕事であるが、結局自国ファースト主義同士が話してどうやって妥協できるのか想像しにくい。

いすれにせよ、現状ではドイツを目指してやって来た難民を国境では突き返せないという事だ。政権崩壊すると大騒ぎしたわりには、実際には殆ど何も変わらない単なる茶番だった。この茶番劇に多くの国民の政治不信は劇的に上昇したことは間違いない。

とりわけ、この茶番の発端となったゼーホーファーに対して現在世間は極めて冷ややかな視線を浴びせており、その支持は急落している。難民を突き返すなどと簡単に言うが、それはすべて別の国の負担になる。事実上EUのリーダー格であるドイツがダブリン規約を無視して難民を国境で突き返すのは常識的に考えれば非現実的である事が浸透した。

また、難民問題は依然として国民の感情に訴えるのに最も最適なテーマであることは間違いなく、AfDはまさにそれを利用しているし、今回のゼーホーファーも自らの支持を上げる為にそれを利用しようと試みたのは間違いない。しかし、実際には欧州に来る難民や亡命者の数はもはや2015年のピーク時とは比較にならない程減った。オーストリアとの国境に設置される難民一時収容所が取り扱う件数は一日にたったの5人だと言われている。こんなしょぼい人数の為に、政権が転覆するかのような大騒ぎなどあり得ない。国内には他にも解決するべき問題が山ほどある。

更にゼーホーファーは今月初めに69歳の誕生日を迎えたが、この日に偶然69人の難民をアフガニスタンに送還することに成功したと喜ばしく語った。そして、これは当然全く笑えないセンスの悪い冗談だ。そもそも難民にとって欧州に留まれるかどうかは、生死に関わる問題となる。今年だけで1500人近くの難民が地中海をボートで欧州に渡ろうとして命を落とした。難民問題とは言うまでもなく人間の運命を扱っているのである。受け入れは確かに大変だが、その送還は間違っても喜ばしく語るような事ではない。これだけでなくゼーホーファーの難民問題における言葉はここ最近かなり下品になってきており、これは世間から大いに問題視されている。

そして、この騒動でゼーホーファーは同じCSU党内の議員からも距離を置かれつつある。10月の州選挙にむけて支持率を上げたいCSUだったが、逆にそれはこの茶番劇で過去に無いほど下降してしまった。そして、その責任は言うまでもなくゼーホーファーにある。また、あくまで選挙対策で反メルケルを打ち出したかと思いきや、ゼーホーファーの度の過ぎた右翼的な発言の増加で、CSUが本当にAfDのような右派ポピュリスト化した政党になるのではないとの懸念が出てきている。これに嫌気がさしている議員の一部は別党派を結成するなどで、ゼーホーファーは益々孤立しつつある。

現在、国民の6割以上がゼーホーファーは内務大臣を辞任すべきだと考えており、地元のバイエルンにおいても遂にメルケルの支持率を下回る事態になっている。ゼーホーファーは反メルケル、反難民を前面に押し出して自らの支持を上げるつもりが、逆に自らの首を締めてしまう結果になった。確かにドイツが頑なに順守しているダブリン規約も現在の世界情勢に対応しきれなくなっているのも事実だろう。しかし、今回のゼーホーファーの反乱は余りにも理性を欠いていたと言わざるを得ない。結局、国民の政治不信を増長させただけで、結果的に得をするのは右派ポピュリストAfDという顛末にならない事を願いたい。

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