メスト・エジル、差別を理由にドイツ代表引退を表明する

メスト・エジルがドイツ代表の引退を表明した。エジルは国内に大きな物議を醸したトルコ大統領エルドアンの会合、それに続くW杯グループリーグ敗退のスケープゴートにされる中、一人沈黙を保ち続けてきた。そして先週遂にエジルは長い沈黙を破り、一連の騒動に対する長い書簡を公表した。その3部に渡る長い書簡はトルコにルーツを持つドイツ人エジルの怒りと絶望感に満ちたメッセージであり、サッカー界を超えた大きな社会、そして政治的な問題に発展しつつある。

エジルがドイツ代表を引退する理由を簡単に言えば、自らがトルコ系である故差別を受けているというものだ。これまでドイツ国民に多くの喜びをもたらし、ドイツサッカー史上でも最も才能に恵まれた選手の一人がこのような形で代表を引退するのはあまりにも惜しく、そして不幸な事だ。私はエジルの大ファンもあり、本当に残念でならない。

とにかく、この一連の騒動に関しては全てが最悪の展開に発展した。エジルのエルドアンとの会合は著しく軽率であり、それに対するDFBの対応も良くなかった。しかし、私はこの騒動のきっかけを作ったエジルが適切な説明をする事によって、多くのドイツ国民と和解できると考えていた。詰まるところ、エジルがドイツ代表で果たしてきた役割はとてつもなく大きく、国民に大きな喜びと夢を与えてきたサッカー選手だったからだ。

しかし、そんな私の希望はエジルの書簡を読んで見事に打ち砕かれた。エジルの言葉は、もはや失うものは何もない人間が綴る破壊的なものだったと言える。エジルに言わせれば、エルドアンの件で批判されるのも、ドイツ代表の敗退のスケープゴートにされるのも、全てエジルがトルコ系であるからと言う理由だ。そこには自らの行動を自省的に、批判的に見る視点は一切ない。

確かに、エジルが受けた一部、差別的な誹謗中傷は許される事ではなく、グループリーグ敗退に関しても、チーム全体が酷かったにも関わらず批判が特にエジルに集中し、遂には本来エジルを守るべきDFBまでもがそれに同調の態度を示した事は、極めて不幸な事態だった。

しかし、決してエジルを批判している人間の全てが下劣で差別的な人間ではない。圧倒的大多数は人種差別を悪と捉え、エジルが心に2つの祖国を持つ事を理解している。エジルはエルドアンの件で自らを批判した人間を誰と構わず人種差別主義者のように考えている節があるが、それは正しくない。問題視されているのは、エジルの行為はドイツ代表選手として相応しくない事に加え、写真が政治的プロパガンダに利用され得る点だ。

とりわけ、エジルはDFBのボスであるグリンデルを差別主義者としてこれ以上のない痛烈な批判をしたが、これは完全に行き過ぎており、エジルの立場を著しく悪くする事は間違いない。

エジルは大会前、自らのバカンスを切り上げ、ベルリンで一緒にエルドアンの件に関して共同会見を行う事を監督であるヨアヒム・レーヴに促されたそうだ。エジルはこの時自らのルーツやそれに基づく理由を事前にグリンデルに説明しようとしたが、エジルに言わせればグリンデルは自らの政治的な目的ばかりを主張し、エジルの意見を蔑ろにしたとされる。しかし、グリンデルのエジルに対する理不尽な対応が、差別的な思想に基づいているとは誰も言えない。

寧ろエジルがW杯前に今回主張したような内容の説明を行ったのであれば、エジルをW杯に連れて行く事は不可能だった。結果的にこの騒動に火に油を注ぐ事となり、世間の圧力によりエジルを外さざるを得なくなっただろう。今回の件で、エジルが自らを一方的な被害者と考えている事は、ファンとしては非常に残念だ。

もっとも、エジルの文言を読む限り、そのドイツ代表引退に関しては理論上撤回の余地が残されている。あくまで、エジルは差別されていると感じている限り、もうドイツ代表ではプレーしないと言っている。逆に言えば、エジルの言う差別がなくなれば、再びドイツ代表でプレーできると言う事だ。もちろん、私はもしも可能であれば、再びエジルがドイツ代表でプレーする姿は見たい。

しかし今のところ、多くの政治家、関係者のコメントを読む限り、その多くはDFBの対応、移民に対する社会の冷たさを問題視しているものの、どこかエジルを突き放しているものが多い。もっとも象徴的なのはメルケルの言葉だろう。それは「素晴らしいサッカー選手だった。引退の決断を尊重します」と言う、つれないものだ。現時点で言えば、DFBは既に自らの対応が悪かった事を認めているが、それ以上の譲歩をして引退撤回を乞う事は現状あり得ない。

もしも希望があるとすれば、それはヨアヒム・レーヴであろう。おそらく、エジルとグリンデルの両者から信頼があり、またエルドアンの件で2人と最も近い位置で関わってきた人物だからだ。レーヴはこの件に関してまだ公にコメントを出していないが、エジルとレーヴは近いうちに話し合いの機会を持つだろう。レーヴがエジルから譲歩を引き出す事が出来れば、新たな展開はまだあり得るのではないか。