多くの強豪と呼ばれるサッカーの各国代表チームには、それぞれ世界に通用する愛称というものがある。ブラジル代表なら「セレソン」、イタリア代表なら「アッズーリ」、フランス代表なら「レ・ブルー」、イングランド代表なら「スリーライオンズ」、日本代表にもそうこうするうちに「サムライブルー」というのがひとまず国内なら定着したように見える。
では、ドイツ代表はというと、世界屈指のサッカー大国でありながら長年の間そのような愛称はなかった。かつては”Die Panzer”=「ディー・パンツァー」などと世界で呼ばれていた時期があったそうだ。”Panzer”とは戦車の意味である。しかし、これは肉弾戦と闘魂で相手をねじ伏せるドイツサッカーを揶揄する意味も多少はあっただろう。そして、そのような愛称はもちろん有り難くない。実際にドイツサッカーはそのような肉弾戦一辺倒からは既に脱却し、あくまでも高い技術とコンビネーションを前面に出したサッカーに変貌を遂げ、2014年のW杯で優勝した。
そこで考え出されたドイツ代表の新たな愛称が、”Die Mannschaft”=「ディー・マンシャフト」である。”Mannschaft”とはドイツ語でチームの意だ。”Die”は英語の”The”に当たる。ザ・チームという訳である。
このアイデアはドイツが準決勝でブラジルを7-1という歴史的な大勝を収めたのち、とあるイングランドのファンが「ブラジルにはネイマールがいる、アルゼンチンにはメッシがいる、ポルトガルにはロナウドがいる、ドイツにはチームがいる!」というツィートしたことが基になったといわれる。そしてドイツ代表のマネージャーでもあり、マーケティングの責任者でもあるオリヴァー・ビアホフが中心となり、2015年にドイツ代表の新しい愛称である”Die Mannschaft”が発表された。
因みに、話が少し横道に逸れるが、このビアホフの名前を聞いたことのあるサッカーファンは多いだろう。かつてのドイツのエースストライカーでありキャプテンも務めた名選手だ。
191cmの長身からのヘディングを得意とし、全盛期の空中戦はわかっていても止められない驚異的な強さを誇った。EURO1996ではドイツを優勝に導くゴールデンゴールを決めている。ビアホフは選手生活の傍らハーゲンの通信大学で経営学を専攻し、ディプロマを取得した。プロサッカー選手、しかも代表のキャプテンとしてのストレスの中、大学を卒業するとは並のスペックの持ち主ではない。ビアホフは引退して間もない2004年に新たに創出されたポストであるドイツ代表のチームマネージャーとして採用され、当時低迷期にあったドイツ代表が興行面でも復活することに大きな役割を果たしてきた。
そして、2015年ビアホフはこの”Die Mannschaft”のブランド化で、ドイツ代表をプレミアム商品としてマーケティングする事を目論んだ。それ以降、スポンサーの宣伝、チームバス、インターネット、スタジアムの至る所で”Die Mannschaft”のロゴを目にするようになった。選手たちも宣伝やプロモーション活動に勤しみ、凝った演出のテレビCMなどで見る機会も圧倒的に増えた。
しかし、この”Die Mannschaft”が立ち上がって以降、国内における代表チームへのファン離れは著るしかった。これに関してはFCバイエルンのボスであるウリ・ヘーネスがコメントしているのでFocus onlineより紹介する。
“Die Nationalmannschaft ist aufgebaut worden als Konkurrenzprodukt zu den Bundesligisten.” Damit lege der DFB allerdings klar falsch. “Sie müssen den Fußball fördern.”
代表チームはブンデスリーガのチームとの競合商品として売り出されてきた。それは明らかな誤りだ。代表チームはサッカーを支援しなければならない。
“Es kann nicht sein, dass die Karten bei einem Heimspiel gegen Kasachstan 80, 90 oder 100 Euro kosten. Die nehmen pro Länderspiel 10 Millionen Euro Fernsehgeld ein.”
カザフスタンとのホームでの試合が80、90、100ユーロもするのはあり得ない。1試合ごとのテレビ放映権料で1000万ユーロもの収入がある。
“Wenn ich höre, dass beim Trainingslager in Eppan kein einziges Training mit Zugang für die Fans stattgefunden hat, dann ist das für mich ein Hammer.”
合宿地であるエッパンで1度もファンの見学を許可したトレーニングが無かったと聞いたが、それは私にとってはとんでもない話だ
ヘーネスは相変わらず口が悪いことで有名であり、細かい部分まで事実かどうかは疑問が残る部分もある。しかし、FCバイエルンをヨーロッパ有数のビッグクラブに育て上げてきたという評価は高く、概ねこの発言は的を得ているであろう。代表チームは国民皆のものでなければならず、高いチケットで富裕層に観戦を限定するような商品ではあるべきではない。
去年の11月に行われたドイツ対フランスのテストマッチも、強豪国同士の対決ながらスタジアムは満員にならなかった。勝ち負けなどどうでも良いテストマッチに、誰も100ユーロも払って見に行きたいとは思わない。FCバイエルンのチケットでさえ一番高くて70ユーロだ。仮に高額で代表の試合を見に行けば、当然クラブの試合は見に行けなくなる。どう見てもサッカーを支援するような姿勢ではない。
因みにこのエッパンの合宿の期間、私はちょうどイタリアへ旅行していたので、ちょっと寄り道をして立ち寄ってみたかったが、一般人は見学が難しいとのニュースを読んでいたので諦めた。実際には2度ほど公開練習があったらしいが、ドイツ代表を見たくて訪れたファンは冷たくあしらわれてがっかりしたという話も出てきている。まあ、それもどこまで本当か知らないが、本大会の高慢ちきなプレーを見ればそれも十分あり得るなと個人的には思ってしまう。
そして、既にファン離れが進んでいたドイツ代表にとどめとなったのは、当然のことながらロシアW杯の惨敗である。この大会のドイツ代表は知っての通り、やる気なし、チームはバラバラ、その傲慢なプレーは、”Die Mannschaft”=「ザ・チーム」というブランドには明らかに相応しくなかった。そして、DFBのボスであるグリンデルはこの間のインタビューでこのブランドを廃止することを検討すると述べた。”Die Mannschaft”のブランドは人工的に過ぎるという訳である。
確かにこの垢らさまなチームのプレミアム化、ブランド化には無理やり感、そして金儲けの匂いが強すぎる。この際だから、このブランドは廃止にして、愛称なしの元のドイツ代表に一旦戻ったらよいだろう。まずはチームが復活し、失ったファンを取り戻す改革を断行しなければならない。国民のアイデンティティとなり得る新たな愛称は、またそのうち出てくるだろう。