難民問題で完全に分裂した街、ザクセン州ケムニッツ

ドイツ東部、ザクセン州にケムニッツという都市がある。東ドイツ時代はカール・マルクス・シュタットと呼ばれ、如何にも共産主義の権化と言わんばかりの名を冠していた。私も一度仕事で訪れたことがあるが、何の変哲もない街だったと言う印象が残っている。しかし少なくともここ1週間において、突如ケムニッツはドイツで最も注目を集める街となった。残念ながらネガティブな意味でだ。

というのも、8月26日に催されていた街の祭りにおいて、シリア人とイラク人の難民がドイツ人に対し殺傷事件を起こしてしまった。そのような極めて不幸な事態となり、祭りは中止されることになった訳だが、当然のことながら難民がドイツ人に危害を与えたとなると、例によって勢いづくのは外国人を敵視している極右の連中である。

もちろん、外国人の凶悪犯罪というのはこれが初めてではない。これは当然皆が大きな憤りや怒りを覚える事であり、その度に外国人の社会における適応問題、追放が議論される事になるのだが、今回は事件が起こった場所も最悪だったと言えるだろう。ザクセン州はドイツの中でも最も極右の勢力が強い地として有名である。それはAfDのような微妙な極右もだが、筋金入りの極右=つまりネオナチの連中に火をつけてしまったと言う事だ。

そしてこの事件が起きた翌日、やはり右派ポピュリスト系の団体による巨大デモが実施され、その数はみるみるうちに膨れ上がり6000人にも達した。これは「弔いの行進」という名目で実施されたデモのようだが、その中にはやはり多くのネオナチ連中も混じっていた。その風貌や顔つきを見れば、この連中が如何に危険かはすぐに察しはつく。完全に酔っ払い、警察に尻を見せ、発煙筒を振りまわしている姿を見れば、この連中がただ暴れることが目的で集まったことは明白である。

またこれに対抗する1500人程度のデモも実施され、街は完全に大混乱に陥った。状況を完全に過小評価していた警察はこれに対したった600人程度しか動員しておらず、完全に手に負えない状況となった。極めつけはデモの数人がヒトラーの敬礼を堂々と行うという無法地帯となり、ドイツが最も世界に見せたくない姿がテレビに映し出されたといえるだろう。

そして更に先週の土曜日には、PegidaとAfDが仕切る新たなデモが実施され、これには10000人程度が集まり、その中にはやはりAfDの中でも指折りの右翼的な政治家も含まれていた。しかし、これに対抗して月曜日には逆に反人種差別、反外国人排斥をモット―とするロックコンサートが実施され、これには約65000人が街の広場に集まっている。ケムニッツは依然としてドイツ全土から警察が動員されており、緊迫した状態が続いている。

当たり前だが、決して外国人全員が犯罪者な訳ではないし、難民受け入れ反対の人間が皆極右ではない。そのような人間は本来極めて少数だ。しかし、残念ながらそのような人間集団をステレオタイプ化した考え方がここ数年でかなり蔓延した感がある。外国人の犯罪から、極右の暴力デモに発展した今回の事件でそのような考え方に一層拍車がかかる事が懸念される。

ザクセン州に関しては以前から外国人と極右の暴力事件が問題になっていたので、既に一触即発の状態だったのだろう。社会に適応できず不満が溜まっている外国人に加え、暴力的な極右の連中もこのような機会を待ちに待っていた。非常に残念なことであるが、ケムニッツは完全に分断された街になってしまっている。