キャリアの正念場に立っている、100年に1人の天才マリオ・ゲッツェ

誰が言い始めたのか知らないが、ボルシア・ドルトムント所属のマリオ・ゲッツェはドイツサッカー100年に1人の天才(Jahrhunderttalent)と呼ばれていた。確かに、かつてはそう呼ばれるに相応しい神童ぶりを見せていたのは事実だ。若干17歳でブンデスリーガのデビューを飾り、ドルトムントでの2010/11年、続く2011/12年のシーズン優勝の主力選手として活躍した。この時まだ20歳にもなっていない。

更に2010年には若干18歳でドイツ代表のデビューを飾っている。2011年にはブラジルとのテストマッチに先発したゲッツェは鮮やかなパスワークからゴール前に飛び出し、スピードに乗ったドリブルからGKをかわして代表初ゴールを決めた。この時の得点は今でも私の記憶に鮮烈に残っている。狭いスペースでテクニックの高さはもとより、そのプレーの精度の高さ、そしてその冷静さはとても19歳のものとは思えなかった。

そして20歳にしてドイツの盟主FCバイエルンに移籍した後も、最初の2年は並み居る猛者たちの中でしっかりとローテーションの一員として機能した。そして2014年にはドイツ代表として優勝を決める決勝ゴールも決めている。これはドイツサッカー史における最も重要なゴールの一つとして記録にも記憶にも残り続けるだろう。この時まだ22歳だ。

しかし、現在のゲッツェにはその当時の見る影も無い。2015/2016年にFCバイエルンで出場機会を失い、古巣のドルトムントに復帰したが、かつて鮮烈なデビューを飾りスター選手としての地位を確立した古巣でもかつての輝きを取り戻す事は出来ていない。ここ最近はドイツ代表にも呼ばれなくなり、今回のロシアW杯のメンバーにも候補からも外された。

とりわけ、今年から新たな監督になったルシアン・ファヴレの下では完全なベンチ要員となっており、ブンデスリーガでは一度も出場機会を得られていない。今週行われたCL初戦FCブルージュ戦で今季初のスタメンを飾ったものの、見せ場もなく62分でピッチを退いた。そして、明日のホッフェンハイム戦は遂にベンチからも外されている。現在26歳という年齢的にはサッカー選手として最も充実する時期に差し掛かってきたゲッツェだが、キャリア最大のピンチに陥っていると言っても過言ではないだろう。

そして、ここまでのゲッツェのキャリアを振り返った時、最大の転機と言えるのはやはり20歳でFCバイエルンへ電撃移籍を敢行した事であろう。この移籍に関してはドルトムントのファンはもちろんの事、世間にも物議を醸す移籍となった。失うものが無い勢いで下克上を実現したドルトムントと、国内ひいては欧州の常勝軍団にまでなったFCバイエルンではプレッシャーのレベルが全く異なるからだ。これはゲッツェが当時FCバイエルンの新たな監督になるペップ・グアルディオラの下でプレーしたいという強い希望があったからと言われている。

しかし、最終的にはこの移籍は成功したとは言い難い。ゲッツェのFCバイエルンでの3年間の通算成績は159試合中113試合に出場し、34ゴール、24アシストというものだ。これは決して悪くはないが、残念ながらその成績は年ごとに見てみると右肩下がりだ。とりわけ、最後の2015/2016シーズンは20試合の出場に留まり、完全にグアルディオラの信頼を失った。

ゲッツェはDAZNで放映された自身のドキュメンタリー映画において、グアルディオラは「枠の中でしか物事を考えず、人間的なことをなおざりにする印象があった」と暗にその関係が上手く行かなかった事を窺わせている。また、「サッカーにおいて父のような存在だった」クロップとは全く違うタイプの監督であり、その適応が簡単ではなかった事も同時に述べている。これといった壁にぶち当たることもなく20歳でFCバイエルンに移籍したのは、やはり早すぎたという印象だ。

また、ゲッツェはこれまでのキャリアにおいて、自らの絶対的なポジションを確立出来ていない。基本的にゲッツェは4-2-3-1のシステムの攻撃的な位置ならどこでもプレー出来る。高いテクニックを基盤にしながら、パサーとしても、ドリブラーとしても、ストライカーとしても対応できる能力を備えている。敢えて言うならトップ下が最も最適なポジションだろうが、所属するチームの事情によってゲッツェはさまざまなポジションで起用された。

とりわけ、ドイツ代表でゲッツェは長い間、ワントップのFWとして起用された。ゲッツェはゴール前の冷静さ、シュートの精度が極めて高い上に、狭いエリアでも判断が速くテクニックも高いのでボールを失う事がない。これに目をつけたヨアヒム・レーヴは本職のFWを干してでもゲッツェのFW起用に拘った。この時点でのゲッツェの未来像はメッシに近いものがあったと言えるだろう。

確かにドイツは未だにこのポジションは人材難なだけに、ゲッツェはこのポジションで新たなFW像を確立するチャンスがあったのだが、とにかくボールに触る事を好む選手だけに、すぐにサイドに開いたり中盤に下りてきた。結局、EURO2016では守備を固めて来た相手に全く脅威を与える事は出来ず、ゲッツェのFW起用はもはやご破算になった。今ではおそらくゲッツェのFW起用を考える監督はほぼいない。完全な2列目の選手として認知されるようになった。

更に時代はゲッツェにとって都合の悪い方向へ流れていく。長年隆盛を誇って来た4-2-3-1のシステムよりも、トップ下を廃した4-3-3のシステムが主流になって来たからだ。そして、最近流行りのこの4-3-3システムを使う監督にゲッツェはかなり使い辛い。ウィングで使うにもスピードがなく、中盤のセンターハーフで使うにしても守備力が低すぎる。

この4-3-3システムでゲッツェを敢えて使えるとすれば、ウィングよりも中盤のセンターハーフであろう。というのも、このポジションではイニエスタと言うゲッツェに近いタイプの大選手が存在する。かつてはメッシにその姿を重ねた人は多かったが、現在では寧ろイニエスタがモデルになり得る選手だ。このセンターハーフのポジションでゲッツェは存在価値をアピールする必要がある。

しかし、ゲッツェ自身の能力も残念ながら随分と落ちている。テクニックやパスセンスは相変わらず天才的なものがあるが、そのスピードやアジリティーは随分と落ち、身体が随分と重そうに見えるようになった。あの19歳の時に決めたブラジル戦でのゴールを見る影は無い。これは、数年前に患った代謝異常の病気の影響があるとされている。

そしてゲッツェにとって最も厄介な事は、未だにゲッツェが100年に1人の天才とメディアに書き立てられる事であろう。一度定着したこのようなフレーズは殆ど永遠について回る。また、2014年のW杯で、監督のヨアヒム・レーヴはゲッツェに対し「世界にお前がメッシより優れているところを見せて来い」と言ってピッチに送り出した。そして、ゲッツェは見事決勝ゴールを決め、当時はもちろん美談になった。

しかし、このセリフを公にしたレーヴは今となっては後悔していると述べている。若い選手にとって、そのようなイメージを世間に刷り込ませれば確実にキャリアの重荷になるからだ。

ゲッツェを取り巻く状況は、かつてない程厳しくなっていると言って良い。復活への道はかなり厳しいものになるだろう。現状出場機会が得られないのであれば、国外へ移籍するというのも一つの手だ。アスリートとしての能力は落ちているとはいえ、そのサッカーセンスは誰もが認めるところである。精神的に解放されれば、かつての輝きも幾分は取り戻せるのではないか。