ドイツ人に正しく理解されず失敗した英語キャッチコピー

現在世界的に最も影響力を持つ言語は、言うまでもなく英語である。意味はさておき、英語の響きを聞くだけで格好良い雰囲気がでるだろう。ドイツでも00年代初めはとにかく英語が氾濫している時期があった。ドイツ語の表現の中にやたらと英語が利用されるなり、最終的にドイツ人しか理解できない英語が出現した。

そして、それらは“Denglisch”(デングリッシュ)と呼ばれて揶揄されるようになった。“Denglisch”とは「ドイツ語」=“Deutsch”と「英語」=“Englisch”が合わさったカバン語である。ドイツ語と英語は言語的には親戚関係にあり、非常によく似ている。

日常で最もよく使う“Denglisch”の典型的な例は“Handy”だろう。“Handy”とはドイツでは携帯電話の事だ。これは英語臭く「はぇんでぃ」と発音するのだが、携帯電話は英語では“Mobiletelefon”なので、英語母国語者が聞いたら理解できない。ドイツ人だけ分かる英語、つまり“Denglisch”である。と言うか今では既にドイツ語と呼べるかもしれない。

さて、そんな“Denglisch”が氾濫し、猫も杓子も英語が格好良いと誰もが感じる風潮が当時はあった訳だが、当然多くの企業も自らの商品を売り込むために英語によるキャッチコピーを次々と発表した。ところが、流行りの筈の英語によるキャッチコピーはドイツ人消費者に思わぬ方向へ解釈されて多くの企業が墓穴を掘ったと言う過去があるので、少し紹介したい。

まず最も有名なのが、化粧品大手DouglasのキャッチコピーCome in and find outだろう。これは我々日本人が聞けば何の変哲もない英語に聞こえる。店に入って何か良いものを発見してという意味だろう。英語が得に得意でなくても大体想像できる。

しかし、このキャッチコピーを多くのドイツ人は“komm herein und finde wieder heraus”と訳した。ドイツ語で“herausfinden”とは、中から外への出口を見つけるという意味がある。つまり、「店に入って再び出て行け」と解釈された訳だ。そんなメッセージを意図していないとは言え、“find out” = “herausfinden”と訳してしまうのは、多くのドイツ人の比較的自然な反応だろう。

これは結果的に世間の失笑を買う大失敗キャッチコピーとして現在でも定着しておりDouglasは程なくしてドイツ語のものに変更した。それは“Douglas macht das Leben schöner”「ダグラスは生活をより美しくする」という内容的にも極めて無難かつ堅実な文言となった。

次に紹介するのは、三菱自動車のキャッチコピー“Drive alive”である。これも何やら語呂が良くダイナミックな響きがある。少なくとも日本人的にはかなりカッコ良い。意味的にも生き生きと運転しようぜ的なメッセージを伝えたかった筈だ。或いは運転の楽しさを表現したいことは想像がつく。

しかし、これは多くのドイツ人に“Fahre lebend”=「生きて運転しろ」或いは“Überlebe die Fahrt” =「運転を生き延びろ」と訳されてしまった。楽しみやダイナミックさを通り越して、危険をアピールしているようなものである。因みに正しくは“Lebendiges Fahren”だそうで、「生き生きと運転する」という意味だが、これを正しく答えられたのはドイツ人のうちのたったの18%だった。

最後に紹介するのは、テレビ局SAT1の“Powered by Emotion”である。これも我々日本人が聞けば、力強い響きがあるではないか。意味的にも誤解することは考えにくい。しかし、このキャッチコピーは上記の二つとは全く異なる意味で一部のドイツ人を絶句させた。

というのも、それらのドイツ人はこのキャッチコピーを“Kraft durch Freude”と訳したからだ。そして、この“Kraft durch Freude”とは第二次世界大戦中の国民の余暇活動を管理したナチスの組織の一つである。言うまでもないが、ナチス時代のものはドイツでは完全なタブーである。

常識的に考えれば、“Emotion”はドイツ語で“Gefühl”だが、転じて“Freude”=「喜び」と想像されなくもない。少なくとも、ドイツ人なら“Kraft durch…”まで来てしまったら“Freude”が頭に浮かんでしまうのかもしれない。

勿論、これらのキャッチコピーは決して間違った英語などでは無いだろう。しかし、こういった短いメッセージの解釈は聞き手の想像に因るし、その想像は多かれ少なかれ母国語を通して出来上がるものだ。外国語をかなり高いレベルで習得しても、そこから母国語以上の感受性はなかなか得られない。

また、英語とドイツ語がなまじ似ているからこそ、こういった壊滅的な誤解が生じ、“Denglisch”などと言われる奇妙な言葉が出来上がる。勿論、言葉は時代によって変遷していくものでもあろう。しかし、言葉の乱れは文化の乱れでもある。正しく、美しい言葉がなくなれば、その国の人間と文化も退廃していく。バイエルン語の無いオクトーバーフェストを誰が想像できるだろうか。

そして現在では、このような社会の行き過ぎた英語化に歯止めがかかり、このような英語によるキャッチコピーが氾濫する事は無くなった。また、ドイツ語の中に必要以上に英語を交えて話すのは良くないとされる。当たり前だが、一般的にも言語を混同して話すのは良くないので、これは個人的にも注意している。特に最近は外国人が増えた事もあり、自分たちの言語、文化を守ろうと言う機運が強い。

因みに現在最も消費者に人気の高いキャッチコピーは、トヨタ自動車の“Nichts ist unmöglich”、日本語にすれば「不可能は無い」とでも言えるメッセージである。或いは昔から定着している人気の高いキャッチコピーとして、ハリボーの“Haribo macht Kinder froh, Erwachsene ebenso”と言うのがある。ハリボーは子供だけなく、大人も喜ばせると言う意味だ。何の変哲もない普通のメッセージだが、消費者の心に届き続けている。