先週の日曜日は注目のバイエルン州議会選挙が行われ、これまでほぼ常に単独で過半数の議席を獲得してきたCSU(キリスト教社会同盟)が今回は大幅に過半数割れの事態となった。私の住んでいるバイエルン州はドイツの中でも特に保守的とされており、その象徴がいわばCSUという保守政党の一強状態であった。そのCSUが大幅に議席を減らした今、一見すると保守的なバイエルンでも新たな風が吹き始めたかに見える。しかし、各政党の得票率(増減)を見てみると:
CSU(キリスト教社会同盟):37,2%(-10,4)
SPD(社会民主党):9,7%(-10,9)
Grüne(緑の党):17,5%(+8,9)
AfD(ドイツの為の選択肢):10,2%(+10,2)
Freie Wähler(自由な選挙人):11,6%(+2,6)
FDP(自由民主党):5,1%(+1,8)
Linke(左翼党):3,2%(+1,1)
バイエルンでこれまで保守と言えばCSUであったが、今回は同様に保守政党であるAfD(ドイツの為の選択肢)とFreie Wähler(自由な選挙者)が躍進した。FDP(自由民主党)も政策から言えば保守に分類される。つまり、これまでCSUが獲得してきた多くの保守層の票が、他の保守政党に分散したような結果になった。この4党を合計すればやはり保守政党の支持率が優に6割を超える。
逆にリベラルな政党であるSPD(社会民主党)とGrüne(緑の党)、Linke(左翼党)の合計は3割強である。これはGrüneが大きく躍進した一方でSPDが極度に弱体化した事が大きい。CSUの惨敗ばかりが強調されるが、このSPDはそれ以上に崩壊した。結果として、リベラル層の票がSPDからGrüneに移動したのが見て取れる。
そして、これに加えてドイツのメディアではどの党が、どこで票を失い、どこで新たな票を獲得したかの分析されており興味深い。私が参考にしたのはZeit onlineであるが、この分析を参考に各政党の状況を見てみるとする。
まずCSU(キリスト教社会同盟)であるが、前回選挙で獲得した票数は同じ保守のAfDとFreie Wählerに分散しただけでなく、Grüneに大幅に奪われた。しかし、Grüneによって奪われた票とほぼ同じ数だけ、SPDから新たに得た模様だ。
CSUは難民政策において相棒であるメルケルCDUと茶番とも言える仲間割れで国民を著しく白けさせただけでなく、難民問題を”Asyltourismus”=「難民ツーリズム」などと言う品のない言葉で政党としての品位を著しく落とした。一般で言う難民は生き延びるために他国へ逃亡しているのであり、決して遊びに来ている訳ではない。
党首であるゼーホーファーがAfD並みのポピュリスト的発言をしながら、特に選挙戦の終盤はそのAfDとは必死に一線を画そうとしている姿は、まさに滑稽であるとさえ言えた。その結果、真の脅威であるGrüneに最も票を奪い取られる失態を犯したことは大きな戦略ミスと言えるだろう。社会における深刻な問題をプロフェッショナルに解決するのではなく、低レベルな大衆迎合主義で露骨な票集めに走った事に対する当然の報いだと言える。
しかし、このCSUを上回る崩壊ぶりを見せたのが、中道左派であるSPD(社会民主党)だ。CSUはAfD、Freie Wähler、Grüneに票を奪われたが、SPDは全ての政党から票を奪われると言う壊滅的な状況となった。このドイツ連邦議会の連立政権の一角を成すSPDの急速な弱体化は、ドイツの政治情勢を著しく不安定にさせている事は間違いない。というか、SPDは最近余りにも存在感が薄い。
本来なら、社会格差の是正や高騰する不動産価格などはSPDの得意とするテーマなんだろうが、はっきり言ってここで何もしていない印象すらあるのは痛い。せめて連邦議会で野党に留まることができれば、もう少しそのリベラルな主張で存在感を出せたのだろうが、政権入りの為に余りにも妥協しすぎた。
SPDは現在では一体何のために存在しているのか分からない空気と化している感がある。これ以上に酷い状態があるだろうか。難民政策で罵倒されているメルケルCDUの方が関心がある分よほどマシだといえるだろう。
一方、今回の選挙で最大の勝者は言うまでもなくGrüne(緑の党)である。地球温暖化、大気汚染、森林保護などの環境問題が過去に無いほどクローズアップされる中、環境政党としての存在価値を存分にアピールできる時勢に恵まれた。更にSPDの弱体化により、新たな中道左派としの<期待を一新に受けたと考えられる。
とりわけ、最大都市のミュンヘンでは30%を超える得票率でCSUを大きく上回り、Grüneの新たな牙城となった。バイエルン全体では今回CSUに次ぐ第2の勢力となり、数字上は連立政権入りも可能だが、政策上CSUとは余りにも乖離しているので野党に留まることが濃厚だ。
また、聞きなれないFreie Wähler(自由な選挙人)も今回CSUから多くの票を奪い躍進した。Freie Wählerはその政策から言えば概ねそのCSUと似通っているので、保守に分類することが出来るだろう。また、主に市町村レベルで活動している政党であり、バイエルンへの地域密着的な主張が目立つ。
しかし、一方で予算を無視した実現不可能な公約を掲げることで”Freibier Partei”=「フリービール政党」つまりバラマキ政党と揶揄されてもいる。今回の選挙結果を受けて、政策の似通ったCSUと州議会における連立政権を組むことが濃厚になっている。
そして昨今注目されている右派ポピュリストAfDであるが、今回の選挙で初めて候補者を立て、予想通り初の議会入りを果たしたものの、得票率は「たったの」10,2%だった。ドイツ全体では16~18%の支持率を記録しているのを見れば、バイエルンでの得票率は決して高くはない。
そして、それが示唆しているように、ドイツ全体ではAfDの支持は地域によってかなり偏りがある。具体的には、ザクセンやメクレンブルク・フォアポンメルン州などの旧東ドイツで圧倒的に強い。バイエルンの中を見ても、AfDが強いのは東部の農村地帯であり、都市部での支持は低い。そしてAfDがポイントを稼げる手法はほぼ一つに集約される。それはイスラム系をはじめとした外国人に対するネガティブキャンペーンだ。
しかし、バイエルンではそのような外国人を貶める低俗なプロパガンダの効果はかなり限定的だと言える。バイエルンはドイツの中でも経済的に最も発展しており、治安も良い事で知られる。ドイツの伝統的な価値観を非常に重視する地域であると同時に、理性的な保守王国であることが再確認された今回の州議会選挙だと言えるだろう。