ドイツサッカーの伝説となった、ジョバンニ・トラパットーニの大演説

先週FCバイエルンの首脳陣が、物々しい様子でチームを批判するメディアに抗議する会見を行った。これ自体は取るに足らない茶番劇だったのだが、ドイツサッカーには人々が忘れる事がない伝説的な記者会見が存在する。それは1998年に当時のFCバイエルンの監督であったジョバンニ・トラパットーニが行ったものだ。

イタリア人であるトラパットーニはこの時代世界最強と呼ばれたセリエAでACミラン、ユヴェントス、インテルなどを率いた名将であり、世界で最も成功した監督の1人である。私はこの会見は生中継では見ていないが、何度もテレビで伝説的な場面として紹介されており、今年は丁度この会見から20年という事で再び脚光を浴びた。

まず当時の状況を簡単に説明しておくとする。FCバイエルンは当時も勿論ドイツの常勝軍団として君臨していた訳だが、この会見の行われた3月10日の時点で直近の試合で3連敗を喫しており、この年昇格したカイザースラウテルンの後塵を拝し2位に甘んじていた。

また、この3連敗の間に行われたチャンピオンズリーグでのドルトムント戦も無得点の引き分けに終わっていた。とりわけ、この試合を含めると直近4試合でたったの1得点の低調な攻撃陣は痛烈な批判に晒されていた。そしてその後のシャルケ戦(0-1で敗戦)でベンチに座ることになった2人の攻撃的MF、マリオ・バスラ―とメーメット・ショルは監督であるトラパットーニを公に批判した。

トラパットーニはこのシャルケ戦での敗戦ののち、この2人の選手の批判を受けて相当憤っていたとされる。そして2日後この会見を周到に準備し、メモを用意して口火を切った。ここでトラパットーニはドイツサッカー史の伝説に残る名言、大演説を披露した。(このトラパットーニドイツ語はかなり壊れており一部はっきりと意味が分からない部分があったので、私の解釈でそれっぽく訳してみた) :

現在このチームにおいて、何人かの選手はプロとは何たる者かを忘れている。私は多くの新聞を読んでいるわけではないが、多くの状況を耳にしている。

まず第一に : 我々が攻撃的にプレーしていない(という批判があるが)…ドイツのチームでバイエルン程ダイナミックに攻撃的にプレーしているチームは存在しない!前の試合では我々は3トップをピッチに送り込んだ。エルバー、ヤンカー、そしてツィックラーだ。ツィックラーを忘れてはならない。ツィックラーはトップ(FW)だ。そうだメーメット(ショル、MF)、そうだバスラー(MF)よりも攻撃的だ。私の言っている事がわかるか?、そうだ。攻撃的だ。我々はピッチの上で攻撃的なのだ。

第二に : 私はこの2人の選手(シャルケ戦でスタメンを外したバスラーとショル)に説明した。ドルトムント戦の後は休息が必要かもしれないという事だ。私はこの水曜日(ドルトムント戦)のあとヨーロッパの他のチームも視察した。この2日間のトレーニングも見た。一人の監督は一人の馬鹿ではない!監督はピッチの上で何が起こるか見ているのだ!この試合、2人、3人、或い4人の選手は空きビンみたいにダメだった!!

この「空き瓶みたいにダメだった」の辺りから、かなりトラパットーニは興奮しており激しい身振り手振りに加え机をたたいて叫ぶようになる。

君たちは水曜日の試合(ドルトムント戦)を見たのか?、どのチームが水曜日に試合をしたのか?、メーメット(ショル)がプレーしたのか?、バスラーがプレーしたのか?、それともトラパットーニがプレーしたのか?、あの選手たち(バスラーやショル)はプレーするよりも文句を言うばかりなのだ!、君たちは何故、イタリアのチームがあの選手たちを獲得しないのか知っているのか?、なぜなら、我々(イタリアのチーム)は何度も(FCバイエルンの)馬鹿げた試合を見てきたからだ!、あのような選手たちは(強い)イタリアのチーム、チャンピオンに相応しくないと言っていたからだ!

シュトルンツ!、シュトルンツは2年ここに居る、10試合に出場した、常に怪我をしている。シュトルンツに何が許されるというのだ?、昨年はハマンや、そう、ネルリンガーと共にチャンピオンになった。この選手たちは、そうだ、チャンピオンになった。彼らも常に怪我をしていた!、(にも関わらず)このチームで25試合に出場した、これに敬意を持つべきだ!、本当に素晴らしいチームメイトなのだ!、彼らにあの選手たち(バスラー、ショル、シュトルンツ)についてどう思うのか、質問してみたら良いだろう!、答える勇気などないはずだ!

今こそ見せなければならない!、土曜日に、あの選手たちは私に見せなければならない!、そうだ、ファンに見せなければならない、自分たちの力だけで試合に勝たなければならない!、自分たちだけでだ!、私はあの選手たちの父親、そうだ、あの選手たちを守ることに今や疲れているのだ!。いつも私が責任を負う事になるのだ!、一人はマリオ(バスラー)もう一人はメーメット(ショル)だ!、シュトルンツについては言う事は無い。試合の25パーセントしか出ていないからだ!…以上だ。

この会見が伝説に残るのは、常識では考えられない程の身振り手振りを交えた感情の爆発とその言葉、その真剣さが伝わってくる一方で、トラパットーニの壊れたドイツ語とイタリア風のアクセントが、ドイツ人にとってユーモラスに響くのがあるだろう。

特にここでトラパットーニが発したドイツ語、”schwach wie eine Flasche leer”=「空き瓶みたいにダメ」、”Was erlauben Strunz?”=「シュトルンツに何が許される?」、そして最後の”Ich habe fertig”=「以上だ」というフレーズについては、世間でもてはやされる流行語になり、現在まで語り継がれる名言として残っている。特に”Ich habe fertig”に関しては、ドイツ語初級者の典型的な間違いとして、私が通った語学学校でも授業で取り上げられた。正しくは”Ich bin fertig”である。

また、この会見で槍玉に挙げられたバスラー、ショル、シュトルンツのうち、前者の2名は既にトラパットーニを公に批判していたので、ここでトラパットーニが反論を述べる事に驚きはない。しかし、シュトルンツに関しては怪我と言う不運に見舞われた状況であり、いきなりこのようなぶっ飛んだ記者会見でその名前が取り上げられたのは、本人を含めて世間に非常に驚きを持って受け止められた。

トーマス・シュトルンツは1990年代後半に活躍したMFだったと記憶している。主に右のWBでプレーしており、1996年にはドイツ代表のメンバーとしてEURO96で優勝した。人間的にもアクが強く華やかなテクニシャンでもあるショルやバスラーと比べると、シュトルンツは極めて地味な選手で知名度もかなり低かった。しかし、ここで仕事もろくにしないで大金を稼ぐ甘やかされたサッカー選手として、監督から怒りをぶちまけられた事に対して非常に辛かったと述べている。

しかし、翌シーズン復活したシュトルンツは1998年に再びドイツ代表にも復帰したことで、このネガティブなイメージを払拭する事に成功した。それどころか、観衆はシュトルンツがボールを持つたびに当時のトラパットーニの”Strunz!”という叫び声を真似するようになっており、その知名度は大幅にに上がっていた。この事に対してシュトルンツ本人も結果としてポジティブに受け止めていると後のインタビューで述べていた。

最終的にこのシーズンFCバイエルンはチャンピンオンズリーグでも準々決勝でドルトムントに敗れ、ブンデスリーガもそのままFCカイザースラウテルンに振り切られ2位に終わり、トラパットーニはチームを去った。世界で最も成功した監督の一人だが、FCバイエルンでは思った程の成績を残す事は出来なかった。

しかし、この大演説はもはやドイツサッカーの伝説になっており、誰もがトラパットーニと言えば、この記者会見を思い出すだろう。トラパットーニ自身も18年後の2016年にこの時の”Ich habe fertig”をもじった”Ich habe noch nicht fertig”=「私はまだ終わっていない」というタイトルで本を出している。現在79歳となった本人にとっても忘れ得ない体験だった事だろう。