世の中のグローバル化で外国語学習の必要性は高まっていると言われるが、おそらく日本では依然としてドイツ語の学習者は少数派だろう。確かに一般的に言っても、英語は勿論のこと、第2外国語としても隣国の言語を学んだ方が圧倒的に使用頻度は高い。実際にこれらの言語は一般的に学んでおくべきだと私自身も考えている。
しかし、だからと言って日本人がドイツ語を学ぶメリットが無いというのは間違いだ。これはもちろん、ドイツに興味があるか、或いは何かの縁があってドイツ人と関わる、或いはドイツに住むという事が前提になる訳だが、仮にそうであればドイツ語を学ぶメリットは十分にある。
因みに私は日本でドイツ語を学んでいた人間だが、「そんな言語を学んで何の役に立つ」的な意見がその頃から圧倒的だった。ここで言わんとしている事は、要するに仕事の役には立たないと言うことだろう。まあそれは大して否定はしない。ドイツにでも住まない限り、ドイツ語を必要とする機会は圧倒的に少ない上に、簡単なコミュニーケーションの殆どは英語で代用できるからだ。
しかし、人生は決して仕事だけではない。学ぶことや教育を直接仕事の役に立つか立たないだけでその良し悪しを判断するのは、残念と思わずにはいられない。どんなマイナー言語でも、その国の人間や文化を理解したいのであれば、それを学習する事はお金には変えられない人生の大きな糧になる。
そして、そのような目に見えない精神的な価値を除いても、昨今の情勢を見ればドイツ語を学ぶメリットは一時より明らかに増していると言える。
まず第一に、ドイツは知っての通りEU最大の経済大国であり、最大の人口を擁する国である。そしてドイツの昨今の経済的な強さもあって、ドイツ語の学習者は再び世界的に増えており、現在およそ2億9千万人と言われている。最も学習者が多い国はポーランドだ。ドイツ語は主に東欧でよく通じるイメージがあるが、イギリス(2位)、フランス(4位)でもドイツ語学習者はかなり多い。
もちろん、それでも外国語としての学習者数は英語よりは遥かに劣る。しかし、母国語としてドイツ語は英語、フランス語、スペイン語を上回りEU圏内では最も使用者が多い言語である。その数はおよそ1憶3千万人と言われている。使用されているのはドイツ、オーストリア、リヒテンシュタインをはじめ、この両国の周辺12か国で公用語か少数言語として認められている。これらの国々の人間、文化を理解したいのであれば、ドイツ語を学ぶべきだ。
そしてもう一つ、現在のドイツでは自分たちの言語、文化を守ろうと言う機運が急速に高まっている。これは単なる民衆レベルの動きではなく、既に政治的にも外国語教育から母国語を重視した教育にシフトチェンジが始まっている事を挙げておく必要がある。首相であるメルケルもドイツに来る外国人はドイツ語を学ばなければならない旨をここ数年で何度も主張してきた。
例えば既に今年から近くの幼稚園では以前からあった英語コースをストップし、別の技能コースに変更した。また、ベルリンの警察養成所でも来年から英語の授業を減らして、ドイツ語の授業を増やすことが明らかになっている。外国からの観光客が多く英語が氾濫していると言われるベルリンでさえ、「まずドイツ語」に切り替わったのである。私の住むバイエルンは保守的な地域なので尚更だ。
バイエルン州の首相であり、新たなCSUの党首に立候補しているマルクス・ゼーダーは方言であるバイエルン語を学校の授業に取り入れるべきだと主張している。方言を話せば田舎臭いと時代もあっただろうが、今ではそれこそ守るべき文化でありアイデンティティだという価値観に変わって来た。
更に驚くべきはあのサッカーのFCバイエルンだ。FCバイエルンではすべての選手がドイツ語を学ぶことを義務付けしており、チーム専属のドイツ語教師によって授業が行われている。あらゆる国から世界トップの選手が集まりコミュニケーションを取るのは、普通に考えれば英語が最も簡単だ。
しかし、FCバイエルンではピッチの上だけでなく、選手たちへの一般連絡事項の9割以上を敢えてドイツ語で行っており、例えば遠征の予定、練習の予定や内容なども敢えて英語で渡していないことを公にしている。これで選手たちがドイツ語を学ぶのをいわば強制しているような形になっているが、これは敢えて母国語を使用せず外国語を社内公用語としている一部の日本企業とは正反対の方針と言えるだろう。
因みに、このチーム内で行われるドイツ語の授業の様子はYoutubeで公開されており、ハビ・マルチネスやシャビ・アロンソがドイツ語を勉強している様子を見ることができる。2016年まで監督だったペップ・グアルディオラはカタルーニャ人だったが、就任前から自ら専任教師を雇いみっちりドイツ語を勉強してからミュンヘンにやって来た。
たとえ一流のサッカー選手や監督であっても、ドイツに滞在する外国人である以上ドイツ語を使用することは単にファンの好感を得るというレベルを超えた、もはや当然の事として認知されつつある。少し前に、専門労働力不足を解決する為にドイツは多くのEU外の外国人を受け入れる方針であることを記事にしたが、ここでもドイツ語の能力は最低限の必要なものとされている。
そして何故、ここに来てドイツにおいてドイツ語の重要性が非常に高まって来たかと言えば、やはりここ数年で外国人が急速に増加したことが挙げられるだろう。これらの外国人を自国の社会に適応させ、国力にする為には、共通の言語をまず覚えてもらう事が必要な事に気付いたからだ。そして、その言語はその国の文化、アイデンティティを反映したもの、つまりドイツであればドイツ語でなければならない。
因みにドイツよりも保守的なオーストリアに至っては更に極端なドイツ語重視で、将来的には難民や亡命者であってもドイツ語が出来なければ社会サービスを全額支払わない方針を明らかにしている。これはさすがに少々やり過ぎだとの批判もあるが、何れにしても、言語は単なる意思疎通の為のツール以上に、その国特有の社会や文化を理解し、適応する為の重要なカギと見られている。
つまり、ドイツ語は外国語としても周辺国で再び学ばれつつある上に、ドイツ語圏においても母国語としてその価値を大幅に見直されつつある。日本人にとってドイツ語は決して簡単な外国語ではないが、学ぶメリットは以前より明らかに増している。ドイツ人やドイツ関連のテーマに興味があれば、是非学んでみる価値はあると言っておきたい。