今日はドイツのみならず、世界からも視線の集まるCDUの党大会が行われた。ここで行われる投票によって既に党首から退く事を表明していたアンゲラ・メルケルの党内後継者が決定される。
そして、ドイツの最大与党であるCDUの党首であることはすなわち、近い将来誕生かもしれないドイツの新たな首相の有力候補となる。首相に関してはメルケルは任期期間中はその座に留まるとしているが、新たなCDUの党首が誰になるかによって早めの交替もあり得る。ドイツ、そしてヨーロッパの行く末を占う極めて重要な選挙である。
この選挙戦は無難で堅実、メルケルの希望後継者と言われたアンネグレート・クランプカレンバウアーと、かつてのメルケルのライバルであり、彗星の如く政界へ復帰した実力者フリードリヒ・メルツの事実上の一騎打ちと見られていた。
事前の予想では、各メディア調査でクランプカレンバウアーやや有利と見られていた。しかし、直前のアンケートでタブロイド紙がメルツ有利を報じただけでなく、数名の大物政治家がメルツ支持を表明した事で、この対決は全く予想のつかない緊迫したものになった。そして、まず最初の投票ではクランプカレンバウアー45%、メルツ39%、そしてノーチャンスと目されていたシュパーンが16%の得票率を得た。
ここで予想外に高い得票率を得たのが実は最下位のシュパーンだ。シュパーンはこの戦に既に勝ち目がない事を悟っており、自らの政治的ポジションを明確にし、将来のドイツの展望を多く語り若手層の支持を得たと見られる。敗れたが将来に繋がる健闘だったと言えるだろう。
また、この1回目の投票では誰も単独過半数を得なかったため、勝敗はクランプカレンバウアーとメルツの決選投票に持ち込まれる事になった。数字上は一見するとクランプカレンバウアーが有利に見えるが、保守系に分類されるメルツは同じ保守のシュパーンの票を決選投票で集める可能性が高く、勝負はいよいよ分からなくなった。
そして、緊迫の決選投票ではクランプカレンバウアー51,75%、メルツ48,25%という僅差の結果になった。ジャーナリストによる報告でもこれ程までに緊迫した党大会は経験した事が無いと言うほどだった。
クランプカレンバウアーの演説は、その地味で控えめな外見のイメージを覆す、リーダーとしての強い意思と情熱が伝わってくるものだった一方で、リスクを冒さない極めて堅実な内容だったといえる。つまり、これまで党の要職を務め、昨今の波乱の政界で着実にステップアップしてきた彼女は、派閥を超えて党を纏めるに相応しいチームプレーヤーであると言う事だ。それと同時に、彼女は一部で「ミニ・メルケル」と呼ばれ、単にメルケルのコピー政策を継続するという評価に強い抵抗を示した。
確かにクランプカレンバウアーとメルケルには人間的にも、政策的にも多くの共通点があるが、かと言って全く同じではない。例えば、同性婚に断固として反対する姿勢、まだ内戦が鎮圧されていないシリアへの難民の送還、重大犯罪を犯した外国人はヨーロッパへの渡航禁止などを考慮している点は、メルケルとは明らかに一線を画す。
また、クランプカレンバウアーはCDU(キリスト教民主同盟)の”C”、つまり「キリスト教」の部分が今後の指針になるべきだと主張した。つまり、西洋キリスト教的な教えに基づいた国、そして人間像を目指すという事だ。この点においてクランプカレンバウアーはかなり伝統的、保守的であると言える。
一方メルツの演説は、論理的、分析的、そして幅広いテーマをより具体的な例を上げながら述べたもので、かなり戦略的な内容だったともいえる。これは制限時間の20分を10分近くもオーバーし、個人的にはすべてを飲み込むにやや難儀な感もあった。
また、長く政界を離れていた上に、保守的な価値観を持った経済リベラルとしてのプロフィールは、既存政治からの改革をアピールできる一方で、幅広い層を対象とする国民政党のリーダーとしては最適なポジションではない。それ故、メルツの発言は選挙戦を通じて時折中道的、或いは無難な方向へブレざるを得なかった。
それでも、勤勉に働いた人間がそれに応じた報酬を受けられる政策「勤勉な人間の為のアジェンダ」などの主張は、多くの国民の心を揺さぶった筈だ。経済のスペシャリストとして、メルツにかかる期待は非常に大きかった。また、昨今ドイツで問題視されていAfDを弱体化させる為に、メルツは最適なリーダーだったことは間違いない。その頭脳の明晰さと強いリーダーシップはメルケル、クランプカレンバウアーとは全く異なるタイプの改革者として君臨しただろう。
しかし、総じて言えば、極端にリベラルでも極端に保守でもない、まさに実績のある中道政治家クランプカレンバウアーは幅広い層から支持を得やすいポジションにあったと言える。そして、クランプカレンバウアーはこの有利さを十分に知っており、ミスをしない安全運転でリードを守り切った。
さて、この結果を受けてこの先ドイツの政治がどの様に変わっていくかであるが、とりあえず近い将来大きな波乱は起きない見通しが強くなった。クランプカレンバウアーは調整役として党内をまとめ、CSUとの関係修復に努め、現在ガタガタになっている政権の安定化を図るだろう。
そして現首相のメルケルにとっても、CDU党首がクランプカレンバウアーになった事で、ひとまず今後も暫くは首相の座に留まることが濃厚になった。しかし、最大与党の党首と首相が別々の人物であることは、過去には無いいびつな状況であることは変わりはない。今後の展開によっては、メルケルがクランプカレンバウアーに2021年の任期終了を待つことなく、首相の座を譲る可能性は十分にあると言えるだろう。当然クランプカレンバウアーは首相メルケルを全力でサポートする旨を表明しているが、CDUの党首に立候補したことは、すなわち将来ドイツの首相を務める覚悟がある事も公にしている。