トーマス・ミュラーの不遇は、FCバイエルンにとってかなり繊細な問題だ

昨年、新監督であるアンチェロッティが就任して以来、思うような結果を残せずベンチを温める機会が多くなったトーマス・ミュラーであるが、今年も開幕2戦目で早くもスタメンを外され、代わりに怪我明けのチアゴが先発復帰した。どんな時でも明るく、ユーモアを交えたポジティブなコメントを出す事で有名なミュラーも遂にこの状況に不満とも言えるコメントを出し、少々物議を醸している。

“Ich weiß nicht genau, welche Qualitäten der Trainer sehen will. Meine sind scheinbar nicht hundertprozentig gefragt”
「監督がどんなクオリティを見たいのか良く分からないが、自分の(クオリティ)はそれほど必要とされていないようだ

このミュラーのコメントからは不満と諦めが混じった感情が読み取れる。現在27歳のミュラーは若い頃から数々のビッグマッチを経験し、バイエルンでもドイツ代表でも絶対的な主力としてCLもW杯も制した。

ミュラーのクオリティが世界のトップで通用する事は既に証明済みであり、猛者揃いのバイエルンでもベンチを温める現状に納得しないのは当然だろう。それと同時にアンチェロッティのシステムに自分が合わない事はミュラー自身も自覚している事が伺える。

ミュラーがアンチェロッティのシステムに合わない事について、元ドイツ代表のキャプテンであるローター・マテウスがコメントしている。

Er braucht einen Trainer, der ihn in seiner Elf haben will, dann wird ihn Müller nicht enttäuschen. Das Problem des Weltmeisters sei dessen unkonventionelle Rolle auf dem Feld: „Müller ist kein Siebener, kein Neuner, kein Zehner, er ist alles und zwischendrin. Carlo Ancelotti denkt und handelt jedoch streng positionsbezogen.”

ミュラーはその持ち味をシステムの中で求める監督が必要だ。ならばミュラーはその監督の期待に応えるだろう。ミュラーの問題はそのピッチの上での従来にはない特殊な役割にある。ミュラーは7番でも、9番でも、10番タイプでもない。ミュラーはその全てであり、その中間だ。しかし、アンチェロッティは極めてポジションを固定して考え、指揮をする。

マテウスは人間的には色々問題があると言われているが、さすがにFCバイエルンとドイツ代表の伝説的なキャプテン、司令塔だけあって、わかりやすく的を得た説明だ。確かに、ミュラーは不調と言われた昨年もヨアヒム・レーヴが指揮をするドイツ代表では水を得た魚のように活躍した。昨年もミュラーの調子が悪いというよりも、アンチェロッティのシステムに合わないと言うのが正しいのではないか。

ミュラーと同じように代表で活躍したが、FCバイエルンで干され気味だった選手としてミロスラフ・クローゼが挙げられる。当時のファン・ハールはクローゼではなく、同じドイツ代表のマリオ・ゴメスをFWのスタメンに起用した。クローゼは元々典型的なストライカーだが、ファン・ハールに1,5列目のような役割を求められて難しかったと回想している。

一方、ドイツ代表の監督であるヨアヒム・レーヴは逆にクローゼをスタメンに据え、ゴメスをベンチに座らせた。クローゼは2010年のW杯でそれまでクラブで干されていたとは思えない活躍を見せ、2011年にはイタリアへ移籍、2014年にはW杯で優勝し、W杯の通算最多得点記録を塗り替え、去年まで現役生活を続けることに成功した。クローゼ自身もファン・ハールの下での経験は非常に勉強になったと述べていた記憶がある。

しかし、ミュラーの場合クローゼと全く異なる点として、地元出身のクラブの生え抜きのスターである事が挙げられる。ラームが引退した今、今後のFCバイエルンを背負って立つのはミュラーだと見られていた。そして実力、人気から言って誰がどう見てもその役割に相応しいのはミュラーしかいない。

数年前バイエルンの社長がミュラーを「非売品」と言ったのはそう言う理由も間違いなくある。干されているからと言って、おいそれと移籍出来るような選手ではない。そんな事になれば、クラブのアイデンティティを損なう事になる。

かと言って、今年もミュラーがベンチを温める日々が多くなれば本人は納得しないだろう。そして、このチームの顔であるミュラーを干して、ロッベンやリベリーのようなロートルの個人プレイヤーを重用して思うような結果が出なかった場合、多くのファンは納得せず、アンチェロッティを意外にあっさり更迭する可能性があるのではないか。

まあ、私的はそれもありだ。ミュラーを干すようなポジションを固定したクラシックなサッカーよりも、グァルディオラやレーヴの前衛的なサッカーの方が遥かに面白いし、結果も出している。何れにせよ、ミュラーの扱いはFCバイエルンにとってかなり繊細な問題であることは間違いないだろう。