日本では元FCバイエルン、そしてドイツ代表のストライカーであったマリオ・ゴメスの名を聞くことが少なくなって久しいのではないか。しかし、ゴメスはベテランとなった現在でも依然としてドイツを代表するストライカーであり、現代ドイツでは希少種となったクラシックな大型FWでもある。そして私から言わせれば、このゴメスこそ、その実力に反してドイツで最も不当な評価を受けてきたストライカーだ。
1985年生まれのゴメスはシュトゥットガルトでプロとしてのキャリアをスタートし、2007年に若干21歳でドイツ代表にデビューした。2000年代ドイツ最高のストライカーは実績と貢献度から言えばミロスラフ・クローゼであることに議論の余地はない。
しかし、純粋にストライカーとしての才能、実力から言えばゴメスはクローゼを凌駕していた。189㎝の長身で屈強な体格、頭、両足でのシュートの精度は高く、足も速かったのでカウンターからも得点できる、歴代でも屈指のポテンシャルを秘めていた。
またゴメスはFCバイエルンで174試合に出場し113得点を記録している。これはあの伝説のストライカー、ゲルト・ミュラーに次ぐ決定率である。その実力は本物だ。しかし、このゴメスは事あるごとに”Chancentot”=「チャンス殺し」のレッテルを貼られ、ファンからブーイングを浴び続けてきた。
このゴメスの評価を決定づけてしまったのが、22歳で出場したEURO2008だろう。この大会、もはやクローゼに代わる新しいドイツのエースのなるとさえ言われたゴメスの出来は散々だった。グループリーグの3試合こそスタメンで出場したが、全く良いところがなく無得点に終わりその後はスタメンを外された。
特に第3戦のオーストリア戦でゴール正面2mという至近距離からのシュートを外したことは、後々までゴメスが「チャンス殺し」のレッテルを貼られる原点になった、いわば伝説的な場面と言ってよい。これは2006年W杯で日本代表の柳沢の”QBK”とほぼ同様なレベルのミスだ。ただゴメスの場合はより至近距離ながら、アシストとなるグラウンダーのパスが若干イレギュラーして跳ねたのでやや不運だった。
その後、FCバイエルンに移籍し活躍したゴメスだが、そのポテンシャルから言えばどうも煮え切らない感が否めない。2010年のW杯はFCバイエルンででゴメスの控えに甘んじていたクローゼが逆にゴメスを差し置いてスタメンで出場した。
EURO2012ではついに開幕からスタメンで出場し、ポルトガル戦、オランダ戦で勝利を決定づける得点を決めた。これはそれまでの本番に弱いゴメスのイメージを覆す活躍であったが、ここでもゴメスはチームメートとの連携の悪さを指摘されるという批判を浴びた。
この不当な批判に結果で答えを出し、チームを優勝に導きたいゴメスだったが、KOラウンドの初戦はスタメンから外されることとなる。再びスタメンに復帰した準決勝のイタリア戦は完璧に抑え込まれ、ドイツは敗退した。
この頃からドイツは有望な若手が次々と台頭してきており、ゴメスの存在感は徐々に低下しつつあった。FCバイエルンでもスタメンの座を失いイタリアへの移籍を余儀なくされ、ドイツが優勝した2014年のW杯は怪我の為招集を見送られた。
W杯直後のアルゼンチンとの親善試合でゴメスは復帰を果たしスタメン出場するが、この試合でゴメスは3度訪れた決定機を3度すべて外しファンから容赦ないブーイングを浴びせられた。これ以後暫くゴメスは代表から遠ざかることになり、ファンからも忘れられた存在になった。
それまでの私のゴメスの印象はというと、そのポテンシャルこそ高いが、本番に極めて弱いというものだ。また、中央にデンと構え、あくまでも自らの決定力で勝負するゴメスはドイツ代表の高速に連動したサッカーとの相性は今一つだった。
これがストライカーとして実力が劣っても、黒子となり周囲を活かすことに長けたクローゼとの差だったとも言ってよい。折しもドイツ代表は2列目の人材が豊富だったので、寧ろそこからの得点が多くなっていた。
更にゴメスの弱点としてしばしば指摘されたのが性格的に繊細、神経質であることで、この印象は私にも大いにあった。というのも、ゴメスはその高い得点率の一方でダメなときはそのプレースタイルから全く試合に参加していない印象を与えた。モデルみたいな容姿やジェルでカチカチに固めた髪の毛を試合中頻繁に触っている点もファンの気に障っただろう。そして、ゴメス自身も周囲の不当な批判にいちいち過敏に反応したからだ。
しかし、もはや忘れられたと思われたゴメスに再びチャンスは舞い込んできた。EURO2016を前にしてドイツ代表の監督であるヨアヒム・レーヴはマリオ・ゲッツェを偽9番として起用するプランを固めていたが、これが機能しないことが大会前から徐々に明らかになりつつあり、クラシックなFWであるゴメスに再び白羽の矢が立った。折しも、トルコでプレーを続けていたゴメスは再び得点を量産し調子を取り戻していた。
そして、この大会をゲッツェの偽9番でスタートしたドイツは、ボールを鮮やかに回すものの、ペナルティエリア内で相手に全くと言っていいほど脅威を与える事が出来なかった。しかし、ゴメスが第3戦以降FWにどっしりと座ることで相手DFを引き付け、目に見えて効果的な攻撃を繰り出せるようになった。
この時すでに31歳のベテランとなったゴメス自身のコメントも至極リラックスし、周りの若い選手を活かすことに徹している様子が窺え、明らかに精神的に成長した跡が見て取れた。
この大会ドイツにとって最も痛かったのはゴメスの怪我による準決勝フランス戦の欠場だろう。ゴメスを欠いたドイツは試合を完全に支配したが、相手ゴール近くで得点につながる脅威を与えることができず敗退した。この大会にして初めてゴメスはそれまでの周囲の不当な批判から解放されたと言ってよい。
そして、現在33歳となったゴメスの最大の目標は今年のロシアW杯への出場だ。この時期に敢えて降格争いをするとみられる古巣シュトゥットガルトに移籍したのは、安定した出場機会を確保し、監督のレーヴにアピールするためだろう。現在かつてないほどの激しい競争があるドイツ代表で、一見するとゴメスがメンバーに加わる可能性はそれほど高くないように見える。
しかし、EURO2016の教訓から間違いなくレーヴはゴメスのようなクラシックなタイプのFWを1人は連れていく。ライバルとなるのは同じくこの冬にFCバイエルンに移籍したサンドロ・ワーグナーだろう。ゴメスはワーグナーより機動力、オールラウンド性で劣る。
しかし、ほぼ全員が20代の選手で構成されるドイツ代表において、大舞台や海外での経験が豊富なゴメスが果たせる役割は多くある。それは決して過小評価するべきではないだろう。私は、ゴメスのキャリアを通じたその実力と存在価値が正当に評価される日が来る事を願っているファンの一人であると言っておきたい。