W杯不正誘致疑惑の渦中にある「皇帝」フランツ・ベッケンバウアー

フランツ・ベッケンバウアーの名はサッカーを知らない人でも一度は聞いたことがあるのではないか。Kaiser =「皇帝」と呼ばれ、ドイツにおいて選手としても監督としてもW杯を制したサッカー史においても5本の指に入るであろう名手だ。

彼の存在は国内ではスポーツの枠を超えたシンボル的な意味合いを持つ伝説的なもので、その存在感は日本で言えば野球の王貞治氏とか長嶋茂雄氏に相当するだろう。テレビにおいてもそのバイエルン訛りの軽妙な語り口は彼のトレードマークと言ってよく、とりあえず公共の場においては人間としての好感度も高い。そのベッケンバウアーは数年前から急にテレビに出なくなった。

なぜ彼が急にテレビに姿を見せなくなったのか、はっきりとした原因はもちろん定かではないが、彼が2006年のW杯の自国開催を不正に誘致したという疑惑に絡んでいることは大いに関係あるだろう。この疑惑については既にドイツ国内で調査されていたものの、なにやらうやむやにされて追及されていなかった。

しかし、昨日のニュースによると、今度はスイス当局がこの不正に関してベッケンバウアー含めた関係者を調査するとのことだ。彼がこの不正にどのような形で絡んでいたかは長くなりそうなので省くとするが、彼は当時W杯の招致委員のリーダーとしてこの大会の招致の成功に決定的な役割を果たしている。私の記憶が正しければ、2006年は史上初のアフリカ大陸でのW杯の開催が有望視されていたが、逆転でドイツに決定したという経緯だった。

2006年のW杯は少なくとも2000年台にドイツで行われたイベントでも最大にして最高のものであり、個人的にもこれまでの私のドイツの滞在の中で最も印象に残っているものだった。この大会においてドイツ代表は大方の予想を覆し3位に食い込み、長い低迷期から復活の狼煙を上げることに成功した。

サッカーに関してだけでなく、国内全体の雰囲気がここからポジティブな方向に一変したほどの影響力があった。人々はいたる所でドイツの国旗を掲げ、第二次大戦以後自国に誇りを持てなかった国民の意識が大きく変わったと思わせるものだった。人々がパブリックビューイングに集まり、大画面でスポーツ観戦をするのもこの時から定着し、それまで18時までだったショッピングの時間もたしかこの時から20時までに伸ばされた。

たかがそんなことと思うかもしれないが、今思えばこの時を境に本当に国内全体の雰囲気が変わったと言ってよく、ここで得た国民の自信が2010年以降の好調な経済にもつながっているとさえ思える。この大会の運営や雰囲気の素晴らしさはW杯の歴史の中でも過去最高という評価もあり、ドイツではSommermärchen(ゾマーメルヒェン=夏のメルヘン)と呼ばれている。国民にとっては至福で夢のような時間だったのだ。

そのような時間が不正誘致によってもたらされたとするならば残念というしかない。しかも、ベッケンバウアーという世代を超えたアイドルがそれに絡んでいたとするならばなおさらだ。もはやこういった不正は誘致活動において常套手段と化しているのだろう。言ったら悪いが、国家ぐるみでドーピングをしたり、暑すぎてサッカーなど出来そうにない国でW杯が今後行われることを思うと、少なくともスポーツ的な健全さよりも金が優先されているのは明白だろう。

2006年の不正誘致に関してもどのような転末を向かえるのかまだわからないとは言え、雰囲気から言えばこれは限りなくクロに近そうだ。仮にベッケンバウアーが牢屋に入るようなことになれば、ドイツ国民にも少なからずショックがあるのではないか。