2010年代ドイツ最高の「6番」サミ・ケディラ、現役を引退する

2010年代前半のドイツ代表の黄金期を支えたMF、サミ・ケディラが34歳で現役引退を発表した。決して目立つタイプの選手ではなかったが、ドイツ歴代でも屈指の総合力を備えた「6番」として歴史に残る選手と言える。

このケディラの名前が表沙汰になったのは2010年南アフリカW杯の時だ。もともと高い能力を備えた若手として2009年には代表デビューを飾っていたが、当時ケディラのポジションにはあのミヒャエル・バラックに加え、同じポジションでその才能を開花させたバスティアン・シュヴァインシュタイガーがいた為、あくまで次世代を担う選手としての位置づけだった。

ところが、不動のボスであるバラックが大会直前で不幸にも負傷で欠場を余儀なくされた為、このケディラにお鉢が回って来た。ケディラはこの大会全試合でシュヴァインシュタイガーと共に中盤の底で先発出場しドイツ3位に貢献、この活躍でシュトゥットガルトからレアル・マドリードへの移籍を成し遂げる。更にはそのレアルでも中盤の底で定位置を獲得し、一気にワールドクラスの選手に上り詰めた。

ケディラが素晴らしかったのは、豊富な運動量と189cmの屈強な体格を活かした高い守備力を基盤にしながら、一方で中盤でのビルドアップ、ドリブル突破、前線への飛び込みなど攻撃面でも非常に貢献度が高かった点だ。タイプで言えば、2000年代前半バラックと共にドイツのダブルボランチを構成したトルステン・フリングスに近いと言える。事実レーヴも当初はこのフリングスの代わりにケディラを抜擢した。そして私からいわせれば、ケディラの総合力はこのフリングスを上回る。

何よりケディラはフィジカルが強いだけでなく、抜群にコンビプレーが上手かった。そのワイルドな風貌から誤解されがちだが、ケディラは非常にクレバーかつ戦術理解度が高い選手であり、テクニックを除けばあらゆる能力を極めて高いレベルで、バランス良く備えた選手だったと言える。

特にEURO2012では大車両の活躍を見せて、エジルと共に大会後UEFAオールスターチームに選出された。この大会は本来のリーダーとなるべきシュヴァインシュタイガーが低調だっただけに、ケディラが事実上ドイツの攻守の要と言える存在となった。しかし、これ以降ケディラは怪我に悩まされたのに加え、クラブでは同じポジションのルカ・モドリッチが台頭して来た事で定位置を失い、ユヴェントスへ移籍した。

代表では2014年W杯を制し、特に4強のブラジル戦はケディラのベストマッチと言っても過言ではない活躍を見せた。全体的なパフォーマンス自体はやや下り坂に差し掛かっている印象を受けたが、中盤がテクニカルな選手に偏った当時のドイツでは、フィジカルの強いタイプであるケディラの存在は貴重であり、怪我などを除けば依然としてドイツの主力であり続けた。

そして31歳で迎えた先のロシアW杯、ケディラはクラブでの好調を持って引き続き代表でスタメンで起用された。しかし、初戦のメキシコ戦で前方でボールロストを繰り返した事で多くのカウンターを許す直接的な要因となり、これ以降ベンチに座る事になる。

この大会のドイツは完全にメンバー、システムともに攻撃偏重となっており、ケディラには本来守備を締める役割が期待されたが、逆に無謀なドリブル突破などでチームを危機に陥れる結果となった。これはもちろんケディラ一人の責任ではなく、監督であるヨアヒム・レーヴの戦術、戦略ミスと言えるが、ベテランらしからぬ軽率なプレーが多かった事は否めない事実であり、非常に惜しまれると言える。ケディラのキープ力が決して高くない事は周知の事実であり、ケディラ自身もまんまとメキシコの罠にハマってしまった。

これ以降ドイツ代表に呼ばれる事は無くなり、今年の2月からはヘルタ・ベルリンでプレーしていたが、この度ひっそりと現役引退が発表された。

そのキャリアの中で脚光を浴びる事こそ少なかったが、その獲得タイトルを見れば特筆に値する。ドイツ代表で合計77キャップを記録し、2014年W杯優勝は勿論、レアル・マドリードでスペインのチャンピオンのみならず、チャンピオンズリーグを制した。更にはユヴェントスで5度イタリアのチャンピオンに輝いている。またVfbシュトゥットガルトでブンデスリーガ優勝を成し遂げている。ドイツでバイエルン、ドルトムントに所属する事なくこれ程のタイトルを獲得した選手は稀だろう。