ロシア暗殺疑惑で停止が検討される巨大プロジェクト「ノルドストリーム2」

ここ数日ドイツのメディアを賑わせているのが、ロシアの反体制派の政治家、アレクセイ・ナヴァルニーの毒殺未遂事件である。ナヴァルニーは飛行機でロシア国内を移動中に意識不明に陥り、病院へ担ぎ込まれた。ナヴァルニーの家族がドイツでの治療を強く希望し、メルケルも積極的にこれに応じて現在はベルリンのシャリテ病院で治療されている。

そしてこの原因がドイツ連邦軍の特別検査室で調査された結果、1970年代にソ連で開発された猛毒神経剤ノビチョク使用された「疑いのない証拠」が出たとされ、首相のメルケルは自ら会見しナヴァルニーは毒殺未遂にあったと断定した。外務相のハイコ・マースはロシア政府が関与している「多くの兆候」が見られると述べている。

故にドイツは断固とした態度でロシア政府を追及する姿勢なのは当然なのだが、言うまでもなく、ロシアにとって少々の脅しなど屁でもない。そこでマースが新聞のインタビューで仄かしたのが、ドイツとロシア間の巨大プロジェクトである「ノルドストリーム2」を停止するという制裁である。

ノルドストリーム2とはバルト海の中に建設されたドイツとロシア間を結ぶガスパイプライン建設事業である。この事業を停止すれば、ロシアは経済的、政治的に大打撃を受けると言われている。

しかし、この工事は既に完成間近であり、1224キロメートルあるパイプラインのうち、残っているのはおよそ150キロメートルである。更にこの事業にはヨーロッパ12カ国100以上の企業が関わっているとされ、そのうちの半分はドイツからである。つまり、ここにきてこのプロジェクトを停止するとなると、ドイツにも相当高くつくという事だ。そして、仮にそんな事態になれば最終的にとばっちりを受けるのは我々納税者である。

原発をやめて、脱炭素も目指すドイツにおいてロシアから環境への負担が少ないとされる天然ガスが安く手に入るかどうかはドイツの国益に直結する。今後エネルギー価格が上がる事はわかりきっている現在、我々庶民の生活にも多いに関係してくる話だ。普通に考えれば、今更この事業を毒殺事件の制裁として停止するなど不可能に思える。

もっとも、このプロジェクトは最初から曰くつきだったのは事実で、一部諸外国から猛反対されていた。アメリカはこれで自国のガスが売れなくなるばかりか、よりによってドイツあるいは自らのパートナーであるEU諸国がロシアからの天然ガスに依存するような状況は面白い訳がない。アメリカはこの事業をなんとかして阻止したいらしく既に制裁を課しており、このお陰で工事は現在ストップしている。

更に都合が悪いのが東欧諸国で、これらの国々はロシアから来る天然ガスを自国のパイプラインを通じて大量消費国のドイツに供給していた。しかし言うまでもなく、ドイツが直接ロシアから直接買うとなると、その供給先としての地位は低下する。

それを抜きにしても、もしもドイツがこの毒殺未遂事件を有耶無耶にしてロシアに何の制裁もなしに自国も利益だけ追及すれば、国際秩序などあったものではない。故にドイツは断固とした態度で解明を要求しなければならないのは当然の事だ。しかし、ロシアへの制裁としてノルドストリーム2の停止に関しては国民、各政治家の間でもかなり意見が割れている。

個人的には今更こんな事業を完全にストップする事は非現実的だと思っているが、ドイツの次期首相候補でもあるフリードリヒ・メルツが言うように、取り敢えず2年間工事を中断し、その間にエネルギーのロシア依存構造の脱却を模索するというのが最もありそうな解決策に思える。我々庶民の生活にも関わってくる外交問題だけに、今後のどのようにこの事態が転ぶか注目している。