マルクス・ゼーダー、ドイツ次期首相最有力候補に躍り出る

ドイツで昨年より”K-Frage”というテーマが頻繁に躍り出ている。直訳すれば「Kの質問」、そしてここで言う”K”とは”Kanzler”「首相」つまり、ドイツの次期首相は誰になるかという問いである。現在の首相であるメルケルがCDUのトップを退き、来年の任期切れと共に首相の座からも降りる事を公にして以降、これはドイツのみならず、国際的にも注目されるテーマでもある。

このメルケルの後釜については、これまで様々な名前が取り沙汰されて来た。まずはCDUの党首であるミニ・メルケルことクランプカレンバウアーが最有力候補と見られていた。しかし、党首就任以降失言の連続で完全に党内の支持を失い辞任を表明、このレースからは脱落した。

そしてこの争いは、2018年の党首選でクランプカレンバウアーに一旦は敗れながらも依然としれ根強い人気を誇る経済のエキスパート、フリードリヒ・メルツと現在ノルトライン・ヴェストファーレン州の首相であるアルミン・ラシェットのいずれかになると見られていた。

しかし、ここに来てメルケルの後釜として国民に絶大な人気を誇るまで株を上げたのが、現在バイエルン州の首相であるマルクス・ゼーダーである。先週のZDFのアンケートで誰が次期首相に相応しいかという問いに対し、以下のような結果がでた。これはそれぞれの候補者に対し”Ja”と”Nein”で答える形式になっている。

マルクス・ゼーダー(CSU):Ja=64%,Nein=27%
オラフ・ショルツ(SPD):Ja=48%,Nein=42%
フリードリヒ・メルツ(CDU):Ja=31%,Nein=55%
ロベルト・ハベック(Grüne):Ja=29%,Nein=54%
アルミン・ラシェット(CDU):Ja=19%,Nein=64%
アンナレーナ・ベアボック(Grüne):Ja=17%,Nein=65%
ノーベルト・レットゲン(CDU):Ja=14%,Nein=59%

見ての通り、ゼーダーの人気は圧倒的である。もちろん、現在副首相であるSPDのショルツ、あるいはここ数年でGrüneを劇的に躍進させたハベックの人気が高いことは頷けるが、現在の情勢から行けば次回の連邦議会選挙でもおそらく再びCSU/CDU連合が最大勢力を維持するだろう。

つまり、現実的には既にCSUの党首であるゼーダーか、今年末にクランプカレンバウアーの後釜としてCDUの党首となるべく立候補している上記CDU3名のいずれかが次期首相候補となる。このうちレットゲンは全くチャンスが無いと見られているので、やはりドイツに次期首相はゼーダー、ラシェット、メルツのいずれかになる可能性が極めて高い。コロナ禍の前の私の予想では、本命ラシェット、対抗メルツ、大穴ゼーダーだった。少なくとも、世間でもゼーダーは大穴だった筈だ。

それが、ここに来てゼーダーが圧倒的な支持を国民から集めているのは、他でもないコロナ禍の影響だと言える。このうちメルツは現在CDU経済会の副会長という位置なので、コロナ禍による支持率の影響はほぼない。大きな影響があったのは他の2名、ラシェットとゼーダーである。というのも、ラシェットはノルトライン・ヴェストファーレン州の首相、ゼーダーはバイエルン州の首相としてそれぞれの州における新型コロナ対策の最高責任者でもあるからだ。

そして、この両者の対応はここまで完全に明暗を分けている。すなわち、ゼーダーが他州に先駆けて外出制限や学校の閉鎖などの厳しい措置を断固として採った一方で、ラシェットはあくまでも経済優先、新型コロナ対策も周りの様子を見ながら緩めの措置を取った。ロックダウン緩和の際にもゼーダーが慎重に慎重を期した一方、ラシェットは経済優先とばかりに早めの緩和を主張した。

しかし、ここで、ラシェットにとって極めて痛手となったのは、最近州内で起こったテニエス肉工場で発生し1500人が感染した巨大クラスターである。そもそもこのような工場が危険な事は以前から周知されていたにも関わらずクラスターが起きたことに加え、ラシェットはここで断固とした素早い処置を取らなかったとして批判を浴びた。

一方のゼーダーはこれで批判を浴びるラシェットを尻目に、バイエルン州では症状の有無に関わらず全員にテストを実施する方針を明らかにしている。ドイツで広まった新型コロナは南のオーストリアから運ばれてきたので、バイエルンのルールが厳しくなるのは当然だろうが、それでも断固として厳しい措置を先手先手で出しているゼーダーは、時に優柔不断に見えるラシェットとは対照的である。

現在世界的にも再び感染者が急増している中、国民は明らかにゼーダーのような厳しい姿勢で断固とした決断を下すリーダーを求めている。支持率から言えば、次期首相最有力候補である事は間違いないが、現時点での最大のテーマは、当のゼーダー自身にドイツ首相になる気があるかどうかだ。

これに対し、ゼーダーは自らの場所はバイエルンだと終始述べており、首相への野心を見せてはいない。53歳と比較的若い事に加え、ゼーダーがバイエルン州の首相になったのも昨年の事だ。また、ロックダウンによる経済への影響、企業倒産の連鎖などはまだこれから本格的に来る。ここでゼーダーの採った厳しい措置がどう評価されるか、まだ分からない。このままゼーダーがドイツの次期首相に突っ走るか判断するのは、まだ時期尚早だろう。