風邪を拗らせてしまったため数日間身動きが取れない状況に陥ってしまった。症状から言って今回の風邪は細菌性である事が濃厚だったので、医者に赴いた所、案の定そこで抗生物質を処方された。ドイツの医者は日本人の感覚からすれば薬を出さないと言われるが、本当に必要ならば出す。薬が出ないのはウィルス性の風邪や体調不良の時だ。この場合、薬はそもそも効かない。
ただし風邪の症状を一時的に緩和させるための薬なら薬局で買える。アスピリンか、Grippostad Cあたりが無難だろう。もっとも、これらの風邪薬は根本的な治癒の役には立たない。寧ろこれらの薬の力で無理をする事でかえって治癒を遅らせる。
いずれにせよ具合が悪い状態が続いたら医者に行き、少なくとも正しい診断を受けておいた方が良い。これまでの経験から言ってそれが的外れだった事はなく、基本的に私はドイツの医者を信用している。
しかし、ここから本題に入るが、このドイツで医者にかかる上で大きな問題が存在する。それは、医者とアポイントメントを取る際、医者に診て貰えるまで、場合によっては異常な程長い期間待たされる事がある点だ。
これは、単なる風邪や一般的な疾患を診断する一般内科医の場合はそれ程でもないが、例えば整形外科や皮膚科、婦人科などと言った専門医になるともはや絶望的な状況になることもある。何ヶ月単位で待たされる事はザラであり、おそらくこれに憤慨した事のある人は少なからず居るだろう。
そして、どのような人がこのような不憫な目に合わされているかといえば、ドイツの被保険者のおよそ9割を占める法定健康保険の加入者である。
ドイツには法定健康保険と民間健康保険の二種類があるが、簡単に言えば、法定健康保険は一般的に皆が加入可能であり、保険料も収入によって調整される。一方で民間健康保険は高額で一定以上の収入がある人が任意で加入する。つまりこの民間健康保険加入者が圧倒的に医者から優遇されているのである。
勿論、これには当然医者なりの理由がある。例えばまず単純な話、同じ治療、診察を施した場合でも、医者は民間健康保険からより高い報酬を受けとる事ができる。所得に関わらず全ての人を受け入れなければならない法定健康保険よりも、金持ちを選んで会員にしている民間健康保険の方が余計に医者に金を払えるのは当然と言えるだろう。
更に決定的と言えるのが、法定健康保険加入者が医者にかかる場合、患者が何回医者を訪問しようが、医者への報酬は四半期単位で定額が支払われる。一方の民間健康保険加入者の場合、治療や診察を受ける度に毎度報酬が支払われる。これが事実なら、何回診ても定額しか貰えない患者を診るよりは、診ただけ報酬を貰える患者を診た方が得なのは当たり前だ。要するに金である。
極端な話、法定健康保険加入者が何ヶ月単位で待たされている間に、民間健康保険加入者は何回もアポを取れるという著しい不平等が発生している可能性がある。それは誇張だとしても、医者にだってそれぞれ自らの生活がある以上、ある程度儲かる患者を優先するのはやむを得ない。
しかし、このような状況を改善すべく保健相であるイェンス・シュパーンは連邦議会に新たな法律を持ち込んだ。これは俗に”Terminservicegesetz”=「アポイントメントサービス法」と呼ばれ、法定健康保険加入者が早めに医者の診察を受けられる為の施策が盛り込まれている。この新たな法律はつい最近承認され、予定では5月から施行される。
それによると、まず専門医は法定健康保険の加入者に対し、これまで週に最低20時間だった診察時間を25時間に増やす事を義務づけられる。また婦人科医、耳鼻咽喉科医といった一定の専門医は週に5時間はアポ無しでの診察に応じなければならない。
もちろん、医師の方にもメリットがなければならない。すなわち、専門医が緊急のアポイントメント、或いはアポ無しでの診察に応じた場合、特別に報酬が支払われる。これで、医師にとっても法定健康保険加入者を診察が幾分魅力的になる事が期待される。
更にドイツには国内共通で116117という、法定健康保険加入者が緊急のアポイントメントを取るための電話窓口が存在する。これはこれまで国民に極めて認知度が低く、私も知らないサービスだったが、この緊急窓口は今後24時間で対応可能になる。日曜や祝日など、一般に病院が閉まっている時間帯などでは特に利用価値はあるだろう。他にも医療サービスのデジタル化など、多くの改善点が盛り込まれた。
この新しい法律に対する批判としては、やはり医者への負担が増える事と、多くの税金を投入する事が挙げられる。確かに、医者の負担が増える事で診察や治療の質が落ちる可能性は十分にある。実際にこの新たな法律が状況の改善に寄与するかは未知数であるが、ドイツの医療システムの大きなアップデートとして、ひとまず注目に値すると言っておきたい。